憐れみではない
コンラートが、生まれ育ったグリュンベルクの城を失ってから、三か月が経っていた。
焼け落ちた本城の灰の匂いがいまだ鼻にこびりつく中、父は重い口を開いて、十二歳になったばかりの息子に告げた。
「今日からお前は、アルテンフェルト公爵閣下のもとで暮らせ」
「人質ですか」
少年の短い問いに、父はしばらく沈黙した。その横顔に刻まれた深い皺が、屈辱と苦痛を雄弁に物語っている。父は絞り出すように言った。
「……庇護だ」
同じことだ、とコンラートは冷ややかに思った。
馬車が国境の険しい山道を越え、アルテンフェルト公爵領に入った瞬間、窓の外の景色は一変した。
グリュンベルクの痩せた土地を引き裂いていた、あの乾いた寒風は嘘のように止んでいた。
窓の外には、晩夏の柔らかな光を浴びて黄金色に波打つ果てしない麦畑が広がっている。道は隙間なく滑らかな石畳で舗装され、すれ違う旅人や商人の衣服はどれも色鮮やかで仕立てが良い。
(これが、領地を奪われる家と、奪われない家の違いか)
コンラートは、そのあまりの豊かさそのものに、暴力的なまでの格の違いを感じ、座席の革シートを指が白くなるほど強く握りしめた。
馬車に同行していた、グリュンベルクの老家臣が、青ざめた顔でコンラートに囁く。
「若、アルテンフェルトでは、王都におられる王よりも、公爵閣下にこそ頭をお下げくだされ。あのお方こそが、我らの唯一の拠り所にございます」
コンラートは不快そうに眉をひそめた。父から教わった王国の法とは明らかに矛盾している。
「……不敬だぞ。そのような言葉、王家に聞かれたら首が飛ぶ」
老家臣は、自嘲気味に鼻を鳴らした。
「王家に我らを罰する力など残っておりませぬ。もしあるならば、そもそも我らのグリュンベルクが隣国に奪われるのを、指をくわえて見ているはずがございませんからな」
たどり着いたアルテンフェルト公爵城は、王都の宮殿を模したとされる、気が遠くなるほど華やかで洗練された光の世界だった。
大理石の床は鏡のように磨き抜かれ、空気には甘く高価なお香の香りが漂っている。どこか遠くから、耳を撫でるような優美な楽の音が聞こえていた。
だが、そのきらびやかな歓迎の宴の広間で、コンラートに与えられた席は、広間の最果て、ほぼ廊下にはみ出た下座の隅だった。
目の前に置かれた料理も、周囲の一門たちが口にするものとは違った。上座では湯気を立てる肉料理が次々と運ばれているというのに、コンラートの皿には、とうに冷めた肉がわずかに盛られているだけだった。
公爵家の重臣たちは誰もコンラートと目を合わせようとはしなかった。時折こちらを見ては、隣席の者と何事かを囁き合う。笑い声が聞こえるたび、それが自分に向けられたもののように思えた。
コンラートはただ、奥歯を噛み締め、目の前の冷えた皿を見つめていた。涙など見せてやるものか。ここで俯けば、それこそ彼らの笑いものだ。
目の前の皿が、今の自分の立場を何よりも明確に主張している。広間で食事をしている公爵家の家臣たちとは、身分が違う。それを考えれば、妥当な扱いだった。
いつか必ず、こいつら全員を見返して、我が領地を取り戻してやる――胸の奥で、黒い野心の炎が、静かに、しかし激しく燃え上がっていた。
そのとき。
一段高い上座、大当主アウグスト公爵の隣から、鈴の鳴るような、しかし驚くほど凛とした少女の声が響き渡った。
「お父様。なぜ、あの方だけあのように遠く、席が違うのです?」
広間の賑わいが、一瞬にして凍りついた。
声を上げたのは、公爵家の一人娘、アリエノール。その抜きん出た高貴さにふさわしい、一点の曇りもない瞳が、まっすぐに下座のコンラートを捉えていた。
傍らに控えていた年老いた重臣が、額に汗を浮かべながら慌てて声を潜める。
「ひ、姫様、あの方は客人ではございませぬ。ただの……他国に敗れ、行き場を失って我が公爵家の情けにすがりついてきた、哀れなグリュンベルク家の子息にございます。席が違うのは当然のことにございます」
重臣は「身分が違うのだ」と彼女に教え込もうとした。しかし、アリエノールは納得がいかないというように、小さく小首を傾げた。
「おかしなことをおっしゃる」
彼女の声は、広間中の誰の耳にも届くほど澄んでいた。
「お父様がこの方を守ると決めて、我が家へお招きしたのでしょう? ならば、この方は我がアルテンフェルト公爵家の客人ではありませんか」
「は、はい。形式上はそうかもしれませんが……」
「ならば、公爵家の客人を、身分が低いからとあのように冷遇し、粗末に扱うのは、お父様の決定を軽んじているのと同じではありませんか。それとも我が家は、困窮した客人一人に、温かい汁物一杯すら惜しむほど落ちぶれたのですか?」
重臣は絶句し、顔を青くしてアウグスト公爵の顔色を窺った。
アリエノールは誰も責めていなかった。ただ、名門アルテンフェルトの誇りに照らし合わせて、目の前の状況があまりに不格好で、我が家の誇りに反すると、純粋な理屈で指摘しているだけだった。
当主であるアウグスト公爵は、しばらく娘を見つめていたが、やがて愉快極まりないというように豪快に笑い声を上げた。
「はっはっは! 姫の言う通りだな。我がアルテンフェルトが、困窮した客人一人に冷えた飯を出すほど落ちぶれたと思われては敵わん。おい、席を近くへ。その少年に、今すぐ最も温かい汁物と、わしと同じ肉を運べ!」
公爵の命令により、コンラートの席は引き上げられ、上座の近くへと運ばれた。
温かい汁物から立ち上る湯気が、コンラートの冷え切った顔を温める。
しかし、少年の胸の中にあったのは、安堵ではなかった。
(俺を憐れんだな、あの小娘)
自尊心を激しく傷つけられたコンラートは、屈辱に震えながら、自分を憐れんだであろう少女を睨みつけようと顔を上げた。
だが、少女と目が合った瞬間、コンラートは息を呑み、言葉を失った。
アリエノールの瞳には。
同情も、弱者を救ってやったという傲慢な優しさも、微塵も存在しなかった。
彼女は、ただ席が正しく直されたことに満足したかのように、ふいと視線を外し、何事もなかったかのように自分の食事に戻ってしまった。
彼女はコンラートを弱者として救ったのではない。
ただ、自分の信じる誇りに従って、正しいと思ったことを口にしただけだった。
少年はそれを同情だと思いたかった。その同情を火にくべて怒りと反骨の炎を燃え上がらせたかった。
けれど気持ちは炎にならず、静かに消えていく。
コンラートは、目の前の温かいスープをじっと見つめた。
自分が惨めな敗者であるという事実は変わらない。けれど、この日から彼は、敵への憎しみ以外の理由で、一人の人間からどうしても目を離せなくなった。
全11話完結予定。完結まで予約投稿済みです。
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