↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷徹なサイボーグ社長とただの契約社員の私が入れ替わったのは、生理初日でした  作者: 名前はまだない


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/51

第四十七話:ファクト(客観的証拠)

数日後。

高橋家の門前に、一人の女が立っていた。


上品な色のワンピースに、小ぶりのブランドバッグ。

髪も化粧も隙なく整えられている。

手には、老舗菓子店の紙袋。

里桜の母親だった。


「……ここね」


先日、遠くから確認した邸宅を見上げる。

弁護士から警告は受けている。

里桜本人への接触は控えるように、と。


女は、にやりと笑った。


「里桜に近づかなきゃいいんでしょ」


高橋湊にも、その両親にも。

今のところ、自分が接触してはいけないなどとは、あの警告文のどこにも書かれていない。


「じゃあ、問題ないじゃん」


菓子折りを持ち直し、何事もない顔でインターホンを押した。


◇◇◇


「突然申し訳ございません」


応接室へ案内された女は、深々と頭を下げた。

先日までの派手な雰囲気は完全に消えている。

声は控えめで、姿勢も美しい。

そして何より、娘を心から案じる母親の顔を作ることに、一切の迷いがなかった。


「私、佐伯里桜の母でございます」


湊の母親が目を見開いた。


「まあ……里桜さんのお母様?」

「はい。先日は娘がお世話になったと伺いまして。どうしても一度、ご挨拶だけでもと思って」


差し出された菓子折りを見て、同席した湊の父親も僅かに表情を和らげる。


「これはご丁寧に」

「いえ。むしろこちらがお礼を申し上げなくてはいけないくらいで……」


そこで女は、少し困ったように微笑んだ。


「ただ、あいにく里桜は……私のことを毛嫌いしているようで」

「毛嫌い?」


湊の母親が眉を寄せる。

女はすぐに首を横に振った。


「いえ、あの子が悪いわけではないんです。若い頃は私も余裕がなくて、あの子には苦労をさせましたから。でも……」


伏せた目元。

僅かに震える声。

……完璧だった。


「少し前に連絡をした時、あの子、私がお金を無心しに来たのだと誤解してしまって……。それ以来、電話にも出てくれないんです」

「まあ……お金の無心を?」

「ええ。私としては、ただ純粋に娘の声が聞きたかっただけなのですが……」


目尻をそっとハンカチで押さえる。


「それでも、母親ですから。あの子には幸せになってほしいんです。里桜が素敵な方とお付き合いしていると知って、本当に安心しました。ただ……私が近づくと、あの子はまた感情的になってしまうでしょうから」


寂しそうに笑う。


「せめて、高橋様のご家族へご挨拶だけでもと思いまして」


その姿だけを見れば、誤解によって娘に拒絶され、深く傷ついている一人の悲しい母親にしか見えない。

だからこそ。

湊の両親の中に、小さな疑問が生まれた。


――いくら過去にすれ違いがあったとはいえ、こんなに愛情深い母親をあそこまで冷たく拒絶するとは。里桜さんは少し、意固地になりすぎているのではないか。


◇◇◇


その日の夕方。

湊のスマートフォンが鳴った。

表示された名前を見て、湊は仕事用の資料から目を離す。


「母さん?」

『湊。今、少しいい?』

「何ですか」


母親の声は、いつもより少し困惑していた。


『今日ね、里桜さんのお母様がいらしたの』


湊の表情が消えた。


「……何?」


声が一段低くなる。


『とても丁寧な方だったわよ。菓子折りまで持ってきてくださって。湊、あなた、お母様が里桜さんに酷く避けられているって知っていたの?』


湊は黙った。


『いくら親子で喧嘩をしたからといって、あんなに心配しているお母様を無視するなんて……里桜さん、少し親不孝というか、意固地になりすぎているんじゃないかしら』

「母さん」


静かな、しかしひどく冷たい声で遮る。


『なに?』

「その人の言葉を、額面通りに受け取らないでください。情報元が一方的すぎます」


電話の向こうで沈黙が落ちた。


『……どういうこと? それなら、あの人が嘘をついているとでも言うの?』

「詳しくは、僕の口から話すべきことではありません」


里桜の過去だ。

勝手に借金を作られたこと。

男を優先し、幼い頃に祖父母へ押し付けたこと。

それは彼女のプライバシーであり、本人の許可なく僕が勝手に両親へ開示することは、彼女への明らかな裏切りになる。


だが、あの女が高橋家へ接触し、見事なプレゼンで両親の里桜に対する評価を下げようとしている。

それだけは、絶対に看過できない。


『でもね、湊。私には、とても娘さんを心配しているお母様に見えたのよ』

「…………」


湊の目が冷たく細められた。

そう見せたのだろう。

むしろ、そう見せることに長けている。

だからこそ厄介なのだ。


「分かりました」

『湊?』

「こちらで対応します。母さんたちは、今後あの人と一切接触しないでください」


低く、断定的な声だった。

電話を切った後。湊はしばらく無言でスマートフォンを見つめていた。

そして、ゆっくりと椅子へ背を預ける。


あの女の本性を、自分は知っている。

だが、僕の証言だけでは、すっかり騙されている両親を論理的に説得しきれない。


両親の認識を根底から覆し、あの女を完全に排除するためには。

第三者が見ても絶対に否定できない「客観的証拠(ファクト)」が必要だ。


湊は机の上のスマートフォンを取り上げた。

呼び出したのは、先ほどまで話していた母親ではない。

実家の応接室の防犯カメラの記録、あるいは来訪者リストを管理している神崎への直通ライン。


あの女の連絡先を割り出し、直接コンタクトを取る。

油断させ、本性を引きずり出し、その全てをデータとして録音(パッケージ)する。


スマートフォンの画面をタップする湊の表情は、完全に、冷酷な経営者のそれへ戻っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後までお読みいただき、ありがとうございます! 「面白かった」「続きが気になる!」「二人のやり取りが好き」など、少しでも楽しんでいただけましたら、ページ下部の**【ブックマークに追加】と、【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして**応援していただけると大変励みになります。 皆様の応援と評価が、毎日の執筆と更新の最大の原動力です。 何卒よろしくお願いいたします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。