↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷徹なサイボーグ社長とただの契約社員の私が入れ替わったのは、生理初日でした  作者: 名前はまだない


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/50

第四十話:僕がいるだろう

車に乗って三十分ほど。

到着した場所を見て、里桜は固まった。


「…………」


大通りに面した建物の一階。

巨大なショーウインドウの向こうには、明らかに自分とは別世界に生きている服が並んでいる。

価格表示など外からは見えない。

むしろ、それが怖い。


「湊。ここ、何?」

「見れば分かるだろう」

「分かるから聞いてるの!」


店の名前くらいは里桜でも知っていた。

百貨店の一階で化粧品を眺めるついでに遠くから見たことはある。

ただし、入ろうと思ったことは一度もない。


「私には一生縁ないところなんだけど」

「今日できたじゃないか」

「いやいやいや!」


里桜は反射的に一歩後ろへ下がった。


「待って。私、外で待ってる。場違いだから!」


さらに一歩逃げようとしたところで、肩を掴まれた。

そのままぐい、と引き戻される。


「ふぇっ」


気づけば、湊の身体がすぐ横にある。


「何が場違いなんだ」

「全部!」

「僕がいるだろう」


あまりにも当然のように言われ、里桜は口を閉じた。

湊は里桜の瞳をじっと見つめる。

彼の瞳が熱を帯びている気がするのは、私の勘違いだろうか。


「……行くぞ」

「ちょ、待っ――」


抗議する間もなく店内へ連れて行かれた。

そして、入店して数十秒。

里桜はさらに理解不能な状況へ追い込まれた。


「高橋様、お待ちしておりました」


スタッフが湊を見るなり深々と頭を下げ、そのまま一般客のいるフロアを通り過ぎる。

案内された先には、広いソファとテーブルが置かれた個室があった。


「……なにここ」

「VIPルームだ」


女性スタッフがにこやかに尋ねる。


「高橋様。本日はどのようなものをお探しでしょうか」


湊はソファへ腰を下ろすと、実に簡潔に答えた。


「彼女に似合うものを」


里桜は振り返った。


「彼女!?」


スタッフは一切動じない。


「かしこまりました。ご用途を伺ってもよろしいでしょうか」

「両親との会食だ。華美すぎる必要はないが、ある程度フォーマルなものがいい」

「承知いたしました」

「ちょっと待って!」


ようやく里桜が割って入る。


「私、これでいいから!」


自分のワンピースを指差す。

湊が一瞥した。


「駄目とは言っていない」

「じゃあいいじゃん!」

「だが、より適切な選択肢がある。両親というステークホルダーに安心感を与えるための必要投資だ」

「服まで最適化しなくていいの!」


スタッフが笑いを堪えている。

それからの一時間、里桜に選択権らしい選択権はほとんど与えられなかった。


ドレスを着る。

スタッフが見る。

湊が見る。

首を傾げる。

却下、次。


「なんなの、この面接……」


四着目を着ながら里桜は呟いた。

五着目、六着目。


そして最後に渡されたのは、淡いパステルピンクのミディドレスだった。

クレープクチュール素材の柔らかな色合いと、身体の線を拾いすぎない洗練されたシルエット。

そして何より、袖口にたっぷりとあしらわれたフラワーモチーフのラッフルが目を惹く。

袖を通した瞬間、自分でもこれまでの服とは違うのが分かった。

恐る恐るカーテンを開ける。


「……どう?」


ソファに座っていた湊が顔を上げた。

一瞬、何も言わなかった。

淡いピンクが、里桜の白い肌を明るく見せている。

普段は柔らかな印象の顔立ちも、上質な仕立てのドレスを纏えば思っていた以上に品がある。

そして何より……似合っている。

予想以上に。


「湊?」

「…………」


湊はスタッフへ視線を移した。


「この服をベースにして、小物類も選んでくれ」

「かしこまりました」

「えっ」


再びスタッフたちが動き始める。


「待って待って。これ買うの!?」

「そのために来た」

「だってこれ、いくら!?」


里桜が値札を探す。

見つけた。

そして閉じた。

もう一度見る。


¥946,000-


「…………」


静かにタグを戻す。


「脱いでくる」

「何故だ」

「こんなの汚したら、私、一生かかっても払えないよ!」

「弁償など必要ない」

「そういう問題じゃない!」


しかし湊は聞いていない。

ドレスに合わせたパンプス、バッグ、アクセサリーまで淡々と選ばれていく。

すべてが決まり、里桜が放心している間に、スタッフが会計の書類を差し出した。

湊は金額を確認し、何の躊躇もなくサインする。


その瞬間。

里桜の目に数字が入った。


¥1,592,800-


「ひぇっ!」


思わず変な声が漏れた。湊が顔を上げる。


「どうした」


里桜は言葉を出せないまま、伝票と湊を交互に指差した。

湊は不思議そうに眉を寄せた。


「何か問題があるか? 僕のプロジェクトに必要な経費だ」

「問題しかないよ!」


里桜の悲鳴が、静かなVIPルームに響いた。


◇◇◇


その頃、店の向かい側の歩道を、一人の女が歩いていた。


身体の線を強調するワンピースに高いヒール。

きっちり巻かれた髪に、遠目からでも分かる華やかな化粧。

通り過ぎるショーウインドウを鏡代わりにして前髪を整えながら、女はつまらなそうに唇を尖らせた。


「あーあ。どっかにいい男いないかなあ」


休日の街を行き交う男たちへ、値踏みするような視線を向ける。


「お金持ってて、イケメンで、できれば若くてぇ……」


そこで、不意に足が止まった。

高級ブランド店の扉が開き、中から一組の男女が出てくる。


最初に目に入ったのは男だった。

背が高く、仕立てのいい服を隙なく着こなした、嫌でも目を引く整った容姿。

そのすぐ隣には、大きなショッパーをいくつも抱えたスタッフに見送られながら歩く女がいる。

淡いピンクの上質なドレス。

女は何やら困ったように男へ話しかけ、男はそれを聞きながら僅かに口元を緩めていた。


「……あれ?」


見覚えがある。

いや、見間違えるはずがない。


「里桜?」


女――里桜の母親は思わず一歩前へ出かけて、止まった。

脳裏に浮かんだのは、3か月ほど前に内容証明郵便で送りつけられた分厚い封書だ。


差出人は、都内の大手『四大法律事務所』の一つ。

『通知書』と題された書面には、佐伯里桜への一切の接触、金銭要求、つきまとい行為を禁ずる旨が、逃げ場のない冷徹な法務用語で羅列されていた。

警告を無視した場合、『接近禁止を求める仮処分命令の申立』および『恐喝未遂ならびに強要未遂による刑事告訴』を即時実行する、と。


「……チッ」


理屈は分からなくとも、これ以上踏み込めば警察が動き、社会的に抹殺されることだけは直感で理解できた。

母親は小さく舌打ちし、代わりに二人から距離を取ったまま後を追う。

建物の陰に身を隠しながら様子を窺っていると、男は里桜を連れて一台の車へ向かった。


低く構えた、艶のある黒いスポーツカー。

車に詳しくなくとも、安いものではないことくらい分かる。

男が助手席のドアを開き、里桜を乗せる。

それから自身も運転席へ回り、車は静かに走り去っていった。


母親は、その後ろ姿をしばらく見送っていた。

やがて、口元がゆっくりと吊り上がる。


「へえ……」


ブランド物を買い与え、高級車で迎えに来る若い男。

しかも、あの顔だ。


「里桜。あんた、いいの捕まえてんじゃん」


声には、娘を祝福する響きなど欠片もなかった。

むしろ、新しい極上の玩具を見つけたような目で、車が消えた方向を見つめる。


「……でも、ごめんね」


赤い唇が、にやりと歪んだ。


「また、ママがもらうからね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後までお読みいただき、ありがとうございます! 「面白かった」「続きが気になる!」「二人のやり取りが好き」など、少しでも楽しんでいただけましたら、ページ下部の**【ブックマークに追加】と、【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして**応援していただけると大変励みになります。 皆様の応援と評価が、毎日の執筆と更新の最大の原動力です。 何卒よろしくお願いいたします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。