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冷徹なサイボーグ社長とただの契約社員の私が入れ替わったのは、生理初日でした  作者: 名前はまだない


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第三十一話:何も言わないなんて、ずるい

同じ月曜日。


「おっはよーーー! 今日も頑張るか! うん!」


いつもの調子でフロアに入った里桜は、自分で自分を鼓舞するように拳を握った。

五日ぶりの自分の身体、五日ぶりの自分の職場。

週末を挟んだだけなのに、随分長いこと離れていたような気がする。


「おはよ、佐藤――」


声をかけたところで、佐藤がじっとこちらを見ていることに気づいた。


「……なに?」


数秒後、佐藤が勢いよく立ち上がった。

そのまま里桜のところまでやって来ると、いきなり抱きついてくる。


「里桜! 里桜だ!」

「な、なに!? ちょっと、どうしたの!?」

「だって先週の里桜、めちゃくちゃ冷たかったんだもん! 話しかけても怖いし、すっごい関わりにくかったし!」

「あー……」


里桜は乾いた笑いを浮かべた。

脳裏に、無表情で淡々と電話を取る高橋湊の姿が浮かぶ。

容易に想像できた。


「あー、まあ……プライベートで色々あってさ。ごめんね」

「本当に里桜が里桜じゃなくなったのかと思った」


ぎくりとした。


「はは……何それ。そんなわけないじゃん」

「はい、そこ。私語控えて」


少し離れた席からSVの声が飛んできた。


「はーい」


里桜が返事をすると、佐藤も慌てて自分の席へ戻っていく。

久しぶりに座った自分のデスクでヘッドセットを装着しながら、里桜は小さく息を吐いた。

やっぱり、ここが自分の場所だ。


◇◇◇


昼休み。

里桜は休憩室で弁当箱の蓋を開けた。

自分で作った、いつもの弁当。

華やかでもなければ高級でもない。

週末にまとめて作ったおかずを詰めただけのものだ。

向かいでは佐藤がコンビニのパスタを食べている。


「そういえばさ」

「ん?」

「マサトさんのこと、どうなったの?」


里桜の箸が止まった。


「あー。なんかメッセージ来てたけど、無視したよ」

「メッセージ?」


佐藤が不思議そうな顔をした。


「会いに来てたよね? 先週の木曜日」

「え?」


今度こそ、里桜の手が完全に止まった。


「ほら、仕事終わったあと。外で待ってたじゃん。なんか里桜がピシャッと言ったのか分かんないけど、マサトさん、幽霊でも見たみたいな顔して逃げてったからさ。ついに愛想尽かしてトドメ刺したんだなって思ってたんだけど」

「…………」


知らない。

湊からは何も聞いていない。

木曜日の夜も、いつものように電話をした。

仕事の話もしたし、どうでもいい話もした。

それなのに、マサトが職場まで来たなんて一言も言わなかった。


(湊から、聞いてない……)


言いそうなものなのに。


「何? また何かあった?」

「あ、ううん」


里桜は弁当へ視線を戻した。


「もういいんだ。マサトとは。事情が事情だから、さすがにやり直せないよ」

「だよね。あんな顔面蒼白で逃げ出すくらいなら、最初からちゃんとしとけって話だよ」


佐藤には別れた理由を浮気とだけ話している。それ以上は話さなかった。

マサトが来たことを湊が言わなかった理由も、なんとなく分かる気がした。

きっと、気を遣ったのだ。自分がもう会いたくない相手だから。


(……まあ、いっか)


スマートフォンを取り出す。


『マサト、来てたんだね! 追い払ってくれてありがとう』


送信。

しばらくして既読がついた。

返事はなかった。


「…………」


まあ、忙しいよね。

先週、自分がどれだけの案件を「考える」「保留」「湊に確認」で積み上げたかは、自分が一番よく知っている。

今頃、それを片っ端からロジカルに片付けているのかもしれない。

そう思えば、電話をかける気にもなれなかった。

そもそも、自分と湊では住む世界が違う。

片方は一食の値段を気にして弁当を作る契約社員。

もう片方は、運転手付きの車で移動し、一度の判断で何十億という金を動かす会社の社長。

あの縁談の女性のような人の方が、よほど湊には似合っている。


(電話なんて、ただの迷惑だよね……)


里桜はスマートフォンを伏せ、冷めかけた弁当を食べた。


◇◇◇


それから数日後。

仕事を終えた里桜のスマートフォンに、見覚えのない番号から着信があった。

知らない番号には出ない。

そのまま切れるのを待っていると、すぐにSMSが届いた。

送り主を確認した瞬間、里桜は眉をひそめた。

母親だった。自分の端末からは着信拒否されていると察して、別の番号から送ってきたのだろう。


『里桜! 電話出なさい!』


続けて届く。


『これは何?』

『この前あんたの家に行った時、様子が変だと思ったのよ。これ、あんたの仕業でしょ』


その下に、一枚の画像が添付されていた。


「……なにこれ」


そこには法律事務所の名前。

その下に並ぶ、通知書、警告書という文字。

里桜は画面を拡大した。

自分への金銭要求、借入の要求、自宅や勤務先への接触。

今後それらを行わないよう求める内容が、感情の入り込む余地もないほど整然と記されている。

差出人に記載された法律事務所の名前を検索する。

画面に表示された情報を見て、里桜は完全に固まった。

国内でも最大手に数えられる、企業法務を専門とする『四大法律事務所』の一つだった。


「…………なんで?」


自分は依頼していない。こんなところに相談した覚えもない。

そもそも、母親が自宅へ来たことすら知らなかった。

そこまで考えたところで、里桜の中で何かが繋がった。


『この前あんたの家に行った時、様子が変だと思ったのよ』


「……まさか」


木曜日。マサトも来ていた。

母親も、入れ替わっていた五日間のどこかで自宅へ来ていた。

そして湊は、そのどちらも自分には何も言わなかった。


「……湊?」


声に出した途端、胸の奥が詰まった。

マサトを追い返した。母親から何を聞いたのかは分からない。

それでも、何が起きているのかを知って、何かをした。

絶対に自分では動かせないような、巨大な力を使って。

全部、自分が知らないところで、何も言わずに。


「…………」


言葉が出なかった。唇を噛む。

視界がぼやけて、慌てて瞬きをした。

頬に何かが伝った。


「あれ……」


指で触れる。濡れていた。

クレームで何を言われても、母親に金を要求されても、困らされても、最後にはいつも「まあ、いっか」で終わらせてきた。

マサトのことを知った時だって、同じだった。

仕方ない、そういう人だった。

そう思ってしまえば、諦められた。


なのに。

何も言わずにマサトを追い返して、

何も言わずに母親への対応までして、

その夜には、何事もなかったように自分のくだらない話を聞いていた。


『特筆すべきトラブルはない』


あの静かな声を思い出した。


「……あったじゃん」


涙がもう一つ落ちた。


「いっぱい、あったじゃん……」


止めようとしても、今度は止まらなかった。

悲しいわけではない。悔しいわけでもない。

自分でも、この感情に何という名前をつければいいのか分からない。

ただ、どうしようもなく

我慢していたものが、いや麻痺していた感覚が堰を切ったようにあふれ出してくる。


(湊……会いたい)


会えなくてもいい。顔なんて見られなくてもいい。


(……話がしたい)


里桜は溢れる涙を拭いながら、スマートフォンを強く握りしめた。

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