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冷徹なサイボーグ社長とただの契約社員の私が入れ替わったのは、生理初日でした  作者: 名前はまだない


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第二話:この身体、呪われてないか

自分の電話番号からの着信。

里桜は少しだけ首を傾げ、通話ボタンを押してスマートフォンを耳に当てた。


「もしもし?」


湊の耳に飛び込んできたのは、紛れもなく聞き慣れた自分自身の声だった。

低く響く、いつものバリトンボイス。


「君は……一体、何者なんだ?」

『聞く前に、まず自分から名乗りなさいよぉ!』


自分の声に叱責される。

腹立たしいが、言っていることは正論だった。

湊は一瞬言葉に詰まる。


「……僕は高橋湊だ。ウォークインクローゼットの扉付近に名刺があるはずだ。確認してくれ」

『へぇ、湊って言うんだ。いい名前だね。ちょっと待って、探してみる』


この異常事態の最中だというのに、電話の向こうの女は妙に落ち着いている。

いや、落ち着いているというより、緊張感が完全に欠落している。


「それで、君は?」

『私は佐伯里桜。スマホケースの裏にポケットあるでしょ? そこに免許証入ってるから』


言われた通り、湊はスマートフォンのケースを確認した。

背面の小さなポケットを開くと、複数枚カードが差し込まれおりその中に運転免許証があった。

佐伯里桜。

先ほど鏡で見た女と、全く同じ顔の写真がそこにはあった。


「確認した。佐伯だな」

『そこは苗字なんだ』

「何か問題があるか?」

『別に。でもさ』

「なんだ」


電話の向こうで、里桜がくすっと小さく笑った。


『自分の声と電話するって、なんか変だね。新鮮。ふふっ』

「笑い事ではない!」


湊が思わず声を張り上げた、その瞬間だった。


――どろり。


「…………っ!?」


身体の内側から、生温かく重い何かが流れ出た。

あまりにも未知の物理的感覚に、湊の背筋がぞくりと粟立つ。

反射的に両脚を閉じてしまう湊。


「な、なんだ今のは!?」

『何が?』

「今、何か出たぞ!」

『あー』


電話の向こうで、里桜が妙に納得した声を出す。


「腰も腹も痛い。身体は重い。今度は得体の知れないものまで排出された。

君の身体は呪いでもかかっているのか!? なぜ病院へ行かない!」

『それ、生理じゃない?』

「…………生理?」

『うん。たぶん今日が初日』


湊は完全に固まった。

知識としては当然知っている。女性の身体に起こる周期的な現象だ。

だが、自分の身体で経験したことなど、三十二年の人生で一度もない。


「……よりによって」

『とにかく早くトイレ行って』

「トイレ?」

『早く!シーツも下着もパジャマも大惨事になるから!』


その言葉に、湊の表情が一変する。


「……それは困る」

『でしょ?』


湊はスマートフォンを耳に当てたまま、慎重に歩き出した。

一歩進むたびに、腰の奥が重く響く。

しかも先ほどから、下腹部には鈍い痛みが居座ったままだ。

数秒で辿り着ける程度の距離なのに、ひどく長く感じる。

ようやくトイレへ辿り着いた。


「……到着した」

『報告しなくていいから』

「次はどうすればいい」

『とりあえず、ズボンと下着を下ろして』


抵抗はあったが、言われた通りパジャマのズボンを下ろす。

続いてショーツへ手を掛けた。


「…………」


そこで、湊の動きが完全に停止した。

白かったはずの布地が、鮮やかな赤に染まっている。

月経とは子宮内膜が剥がれ、出血を伴う生理現象である。

頭では理解している。

だが、視覚から飛び込んでくる「自身の身体からの出血」という事象は、本能的な危機感を煽るには十分すぎた。


「……佐伯」

『なに?』

「これは、本当に正常なのか?」

『正常正常』

「量が多すぎるだろう!」

『初日ならそんなもんだよ』

「そんなもん、で済ませる量ではない!」


湊は深刻な表情でショーツを見つめた。

女性は毎月これを経験しているというのか。

しかも通常通り出勤し、仕事をしている。

信じ難い。

経営者として、女性社員への労働環境の認識を根底から改める必要がある。


『トイレの上の棚にナプキンあるから取って』


湊は顔を上げた。

少し高い棚へ手を伸ばす。


「…………届かない」

『え?』

「届かない」


電話の向こうで、一瞬の沈黙。


『あはははは!』

「笑うな!」

『ごめんごめん! 頑張って背伸びすれば届くから!』

「現在、その身体を使用しているのは僕だ!」


湊は最大限背伸びをし、ようやく指先を箱へ引っ掛けた。

危うく落としかけながらも、どうにか手元へ引き寄せる。

箱の中には複数種類の衛生用品が入っていた。


「昼用と夜用がある」

『初日なら夜用でいいよ。その方が漏れにくいから』

「漏れる?」


湊の眉間の皺がさらに深くなる。


『うん』

「……月経という現象は、随分と危機管理能力を要求されるんだな」

『何の分析してんのよ』

「事実確認だ」

『生理用ショーツも隣の箱にあるから、それに替えて』


湊は新しいショーツとナプキンを手に取った。

しばらく見つめる。


「……佐伯」

『今度は何?』

「これは、どう装着する」

『え?』

「マニュアルはないのか?」

『プッ…そんなんあるわけないでしょ!』

「なぜ笑う! 未知の衛生用品を説明書なしで正確に運用しろという方が無理があるだろう!」

『分かった分かった。まず袋から出して』

「出した」

『裏のシール剥がして、ショーツの真ん中に貼るの。横に羽みたいなのあるでしょ?』

「ある」

『それをショーツの裏側に折り返して固定』

「なるほど」


湊の顔つきが変わる。

手順さえ明確になれば早かった。

几帳面な性格と器用な指先で、位置を慎重に確認しながらナプキンを装着する。

左右のズレもなく、羽の折り返しも完璧な対称。

一切の隙がない。


「…………」

『できた?』


湊は完成したショーツを持ち上げ、しばし確認した。


「ミッション・コンプリートだ」

『どこかの洋画かよ。大げさすぎない?』

「僕にとっては未知のタスクだった」


湊は真顔だった。


『はいはい。じゃあそれ履いて』

「まだあるのか?」

『履かなきゃ意味ないでしょ!』


湊は深く息を吐いた。


企業買収も、数百億円規模の投資判断も、これまで数え切れないほど経験してきた。

常に冷静に、論理的にあらゆる事象を処理してきた自負がある。

しかし、目覚めてまだ一時間も経っていないにも関わらず

高橋湊の人生において、間違いなく最も情報量が多く、過酷な朝になりつつあった。

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