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冷徹なサイボーグ社長とただの契約社員の私が入れ替わったのは、生理初日でした  作者: 名前はまだない


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第一話:僕の身体で何をしている

―――ピピピッ。ピピピッ。


初夏の日差しがカーテンの隙間から差し込んでくる。

眠っていた高橋湊は目覚ましの音と共に、意識を覚醒させた。


(……アラームなどかけていないはずだが?)


目を開けると、シーリングライトが視界に入る。

見覚えのない天井。隣には誰もいない。

柑橘系の中に甘さが僅かに残る香りが、鼻をくすぐる。


身体を起こし、自分が今、存在している空間を認識させる。

白地に花柄のシーツ、シングルベッドにうさぎのぬいぐるみが枕元に転がっている。


「ここは……? 女性の部屋、なのか?」


ベッド脇の小さな棚には、ハンドクリームやヘアゴム。

そして充電中のスマートフォンが無造作に置かれている。


「僕は…昨日一体何をしたんだ?」


眉間に皺を寄せ、慌てて昨日の記憶を呼び起こす。

どう考えても、いつの記憶を呼び起こしても、この空間がどこなのか把握できない。

昨日は定時で退勤した。

自宅へ戻り、簡単な食事を済ませたあと、国内外の株価指数とグループ各社の月次資料に目を通した。

買収を検討している企業の財務諸表を確認し、今後の経営方針についていくつかの案をまとめた。

午前零時前には就寝したはずだ。酒も飲んでいない。


(連れ去られた……?)


改めて花柄のシーツとうさぎのぬいぐるみを見た。

そして、やはり空間全体、甘酸っぱい匂いがする。


(監禁場所としては、あまりにもファンシーすぎる)


そして起床してから何故か腰が痛くて、酷く重い。

筋肉痛とも疲労とも違う。

腰の奥から下腹部にかけて、鈍い不快感がまとわりついている。

こんな感覚は、三十二年間の人生で一度も経験したことがない。

湊は無意識に右手で額を押さえようとした。


「……っ!?」


白く華奢な手。明らかに女性の手だ。

毎日見ていた自身の骨ばった大きな手ではないことが明白に認識できた。

湊は勢いよくベッドから降りた。

視界が低い上、身体の重心がおかしい。足取りさえ、自分の身体とは微妙に感覚が違う。

部屋の隅に置かれた姿見へ駆け寄る。


「……誰だ、この女は」


鏡の中にいたのは、高橋湊ではなかった。

ファンシーなキャラクターがプリントされたパジャマ姿に、セミロングの明るい茶髪。二十代半ばほどに見える、見知らぬ女性。

湊が右手を上げると、女も上げる。頬に触れると、鏡の中の女も自分の頬に触れた。


「…………」


湊は無言で鏡を見つめた。

理解できない。いや、理解することを脳が拒絶していた。


◇ ◇ ◇


その頃。

街の中心部に建つ高層レジデンスの最上階近く。

全く別の空間で、もう一人の人間が目を覚ます。


(やっば)


里桜は閉じたままの瞼の裏で思った。


(アラーム聞こえなかった。これ絶対寝坊じゃん!)


反射的に飛び起きる。


「…………ん?」


そこで初めて、何かがおかしいことに気づいた。

まず、ベッドが異常に広い。自分が寝返りを何回打っても端まで辿り着かなさそうな巨大なベッド。

身体を包んでいた寝具も、普段使っているものとは手触りからして違う。

そして目の前には、見覚えのない寝室が広がっていた。

壁は白と濃いグレーを基調としている。家具は必要最低限。装飾らしい装飾はほとんどなく、窓際には一人掛けのチェアと小さなサイドテーブルが置かれているだけだった。


正面には、床から天井まで届く巨大な窓。

カーテンはすでに自動で開いているのか、朝の光の向こうに大都会の街並みが遥か下まで広がっていた。


(何この部屋? 超オシャンティーなんだけど)


里桜は呆然と窓の外を見る。


(っていうか、高っ!)

(しかもベッド超広いじゃん。いいなこれ)


里桜はシーツを撫で、ベッドから出て身支度をしようと部屋を出る。


(んー……私、昨日誰かの家に泊まったっけ?)


記憶を辿るがどうしても思い出せない。


(……まぁいっか。とりあえず仕事行かなきゃ)


人間、理解できないことが起きたときほど性格が出るらしい。


「…………広っ」


思わず声が出た。

寝室の先には、ホテルのように長い廊下が続いている。

床は艶を抑えた濃色の木材。壁には絵も写真もなく、間接照明だけが一定間隔で配置されていた。

ドアがいくつも並んでいる。


(私の服どこだろ?? そもそもここどこ?)


一つ目のドアを開ける。

大きなデスクと複数のモニター。

壁一面の本棚には、経営、金融、M&A、企業法務、海外経済に関する本が几帳面に並べられている。

私物らしいものはほとんどない。


―――バタン。


そして、隣を開ける。


「うわ」


同じように見える黒、チャコールグレー、ネイビーのスーツが、数センチの狂いもなく整然と並んでいる。近づいて一着の袖を摘まむ。


(何これ。制服?)


さらに奥には白いシャツがずらっと並ぶ。ネクタイも暗色ばかりだ。

そのまま、クローゼットを後にした。


さらに廊下を進むと、吹き抜けるような広いリビングへ出た。

全面ガラス張りの窓の向こうには都市の景色。

大きなソファ、黒い大理石のローテーブル、壁には巨大なテレビ。オープンキッチンもモデルルームのように整っている。


(何だこの家。マジで生活感なくて、だだっ広いんだけど!)


高級ホテルのスイートルームを、そのまま住居にしたような空間だった。


(洗面所どこだよ)


現在の最優先事項は出勤準備である。

いくつかの扉を適当に開け、ようやく洗面室へ辿り着いた。

大きな一枚鏡に、石張りの洗面台。

置かれているものは電動歯ブラシ、シェーバー、香水が一本。

化粧水すら見当たらない。

そこでようやく里桜は鏡を見た。


「…………」


ぼんやりと鏡の中を見つめる。

鏡の中から、知らない男がこちらを見つめていた。


「…………」


里桜は頭を掻くと、鏡の男も頭を掻いた。

念のため後ろを見る。もちろん誰もいない。

もう一度後ろを見る。やはり、誰もいない。

もう一度頭を掻く。やはり、鏡の男も頭を掻いた。


「イケメンじゃん」


本当に自分の身体なのか確かめるように、手足を動かしてみる。

マッスルポーズに親指を立てたキメ顔、最後には変顔までしてみた。

鏡の男は、そのすべてを寸分違わず再現してくる。


「…………」

「私、イケメンになっちゃったってこと?」


鏡の前で顎に手を添えて考え込むが、またちらっと鏡の中に映る自分の姿を見る。

そこには、黒髪に彫刻のような端正な顔立ちの長身の男が立っている。

いつも鏡に映る淡い茶色の瞳とは対照的な、漆黒の瞳を見つめる。

パジャマ代わりらしい黒いTシャツを少し持ち上げて腹を見る。


「腹筋あるじゃん」


どう見てもイケメンである。長身で、肩幅もある。

そして、この家。

どう考えても金持ちだ。


「…………まぁ、いっか」


里桜の口元が、にやりと上がった。


「楽しそうだし、お金持ちそうだし」


もう一度、鏡を見る。


「女の子もナンパし放題!」


親指を立てる。


「最高!」


そうやって能天気にイケメンの肉体を堪能していた、その時だった。

無機質な洗面台の横に置かれていた、最新型の黒いスマートフォンが鳴り響く。

画面に表示された着信を見て、里桜は首を傾げる。

そこには、里桜自身の電話番号が表示されていたからだ。


◇◇◇


一方。

見知らぬ女の身体に閉じ込められた湊は、未知の下腹部の鈍痛に冷や汗を流しながら、ベッドに落ちていたファンシーなスマホカバーの端末を耳に当てていた。

パスコードのロックがかかっていなかったのは、セキュリティ意識の欠如という点では嘆かわしいが、今の彼にとっては幸運だった。

連絡先から自分の番号へ発信し、事態の把握に努めなければならない。


「……出ろ。僕にこんな悪ふざけをした犯人め」


かくして、東京の空を挟んで。

未知の生理痛に怯える高橋湊と、最強のイケメンボディを手に入れて浮かれる契約社員の佐伯里桜との、最悪で運命的な通話が繋がろうとしていた。

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