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TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情  作者: 桜木桜


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第9話

 この世界には魔獣と呼ばれる、生物個体がいる。

 ごくごく一般的な狼や熊などの生き物が、“魔獣化”することで魔獣は誕生する。

 魔獣となった生物は、一般には体格が大きくなったり、頑丈になったり、身体能力が向上したり、凶暴性が増す。

 中には魔法を扱える個体も出てくる。


 魔獣の強さや脅威度は個体によって異なるが、基本的には普通の肉食獣よりも強いことが多い。

 加えて、時折、集団暴走スタンピードと呼ばれる現象を発生させ、群れとなって村や街に襲いかかる。

 こうなってくると、魔力を持たない平民にはどうしようもない。


 魔獣に対抗できるのは、魔法が扱える騎士のみ。

 故に平民たちは騎士に縋るし、騎士たちはその対価として平民を支配する。

 これがこの世界の支配者と被支配者の関係だ。


 そしてここからが大事なことだが……。

 魔獣を打ち倒すと、魔獣から魔障石と呼ばれる特殊な石が取り出せる。

 この魔障石を何らかの方法で取り込むことで、人間は魔力を扱えるようになる。


 要するに魔獣化した人間が騎士だ。


 騎士は魔力を次代に受け継がせるため、必死に領内の魔獣を狩り、魔障石を集め、自らの子供たちに摂取させるようになった。


 魔力を成長させるには、成長期での摂取が必要になるため、魔力の獲得のためには親の財産や地位が影響する。

 魔力は生物学的には遺伝しないが、このような形で親から子供に受け継がれていく。


 そして騎士の中の有力者――貴族は魔獣が発生しやすい土地を、“狩猟地”として設定し、自らの直轄地とした。

 魔獣の駆除を大義名分として、魔障石の安定供給を図ったのだ。

 そして時折、近隣の貴族や封臣、騎士たちを集め、“魔獣狩り”を行うことで魔障石を分け与え、友好関係や主従関係を示した。


 これがこの世界の貴族たちが行う“狩猟”の概要である。

 もちろん、普通の動物を狩るような狩猟も行われることがあるが、貴族が“狩猟”と言えばそれは魔獣狩りを指す。


 王にとって、狩猟は自らが王国の支配者であり、最上位君主であることを内外に示す重要な国事行為である。


 そのため狩猟には、できるだけ多くの貴族、特に大貴族に参加してもらわなければならない。


 そのような事情から、狩猟は毎年、九月末から十月初旬に行われる。

 それより前だと徴税などで忙しく、またそれより後は雪が降り、移動が困難になるからだ。

 ……ついでに冬に入る直前ということもあり、動物が脂を溜め込むので、ジビエが一番美味しい時期でもあったりする。


 そして今年も、九月の末頃に王家主催の狩猟大会が行われることになった。


「狩猟中は事故が多い。くれぐれも、気を付けるように」

「心得ております。お父様」


 父の言葉に私は大きく頷いた。

 事故とは、三つの意味がある。

 一つは正しい意味での事故。つまり魔法や魔力が込められた矢などによる誤射。もしくは魔獣などの反撃による怪我。

 もう一つは貴族同士の喧嘩騒ぎ。狩猟中は気が立つことも多く、暴力事件が起こることもあり得る。

 最後は事故に見せかけた事件。つまり暗殺だ。


「一人で行かせて申し訳ないが……」

「いえ、良い経験だと思っております」


 父は留守番だ。

 北のラークノール公爵家とは休戦協定が結ばれたとはいえ、緊張状態であることに変わりはない。

 また東の帝国も、こちらの領土を虎視眈々と狙っている情勢だ。


 重石として、力がある貴族はトルーニア城に残らなければならない。

 本来であれば、こういうのは妻であるアントシアが担うものだが……。

 安全なブドゥーベル城の守りは任せられても、前線に近いトルーニア城は任せたくないのだろう。


「それにあと一、二年もすれば、余裕が出るでしょう?」

「そうであると、良いがな」


 私の言葉に父は苦笑した。

 ブランシュがこのまま成長し、しっかりしてくれれば留守番を任せられるようになるはずだ。


「では、行ってまいります」


 私は父に別れを告げ、王が指定した狩猟地へと向かった。





 私が狩猟大会の会場に到着したのは、狩猟が始まる一週間前だった。

 これは到着の順番としては、早い方になる。


 この世界は現代日本ほどインフラがしっかりしていない。

 橋が落ちていた、街道が潰れていたなどしょっちゅうなので、遅れないように早め早めの行動をするとこうなる。

 

「血盟を結びし太守の名代として、盟主にご挨拶を申し上げます。オレアニス王。本日はお招きくださり、感謝いたします」


 私はスカートを軽く持ち上げ、目の前の男に頭を下げた。

 下位者が上位者に対して行う挨拶ではあるが、それは私が次期当主としての立場だからだ。

 決してブドゥーダル公爵家が王家よりも下であることを意味しない。


 王国の盟主、オレアニス・エル・パルテリアはそんな私をじっと見下ろす。

 年齢は四十半ばほど、鋭い眼光と鉤鼻が特徴的な男性だ。

 政治家としては脂の乗り切った年齢だろう。

 政治家歴、五年以下の私にとっては手ごわい相手だ。


「うむ……円卓の盟主として、歓迎する。ロゼリア姫。是非とも、狩猟を通して、交流を楽しんでいただきたい」


 ……円卓の盟主か。

 どうやら私が以前、王家の外交官に伝えた言葉は、しっかりと国王に伝わっていたようだ。


「はい。それと、こちらは父より王へ……」


 美辞麗句を重ねながら、私は王にお土産があることを伝える。

 私はデラーウィアからお酒の入った陶器を受け取ると、それを国王へと差し出した。


「ほう……これが噂に聞く、ロゼリア酒。ありがたく、頂戴する」


 オレアニス王は受け取った酒を側仕えの騎士に渡した。

 心なしか、先ほどよりも機嫌が良くなっていることを感じた。……飲みたかったんだ。

 怖い顔の割には、可愛いところもあるんだな。


「はい。……父は参加できないことを残念に感じていると、口にしておりました」


 私の言葉にオレアニス王は大きく頷いた。


「そちらの事情はよく存じている。貴殿の父君が東で腰を落ち着かせているからこそ、今の王国の平穏がある。円卓の盟主として、お礼を申し上げると……そう父君に伝えていただきたい」


 帝国に与せず、しっかりと盾になっていろ、と言ったところか。

 私は王の言葉に対し、大きく頷いた。


「しかと、伝えます」


 しかしこれでは私は完全に伝書鳩である。

 次期当主として伝書鳩のような対応は良くないし、何よりチクリと攻撃されたまま引くのも、面子が立たない。


「我らが東に注力していられるのも、王の賢明なる采配のおかげであると父は日頃から口にしておりました。わたくしも同様の考えです。共に円卓を守ることが、共存共栄の道であると考えております」


 あなたたち、王家がちゃんと真っ当な政治をしている限り、うちは大人しくしているから。

 だから、とっとと、第二王子を婿として寄越せ。第一王子はいらない。

 王家の後継者争いに興味はないから。


 私がそう伝えると、オレアニス王は大きく頷いた。


「……東の守りは盤石と見える。まこと、頼もしい限りよ」


 十二歳なのに、本当にちゃんとしているね。これならブドゥーダル公爵家は安泰だわ。

 オレアニス王の称賛は、お世辞ではなく本心として聞こえた。


 とりあえず、難関の一つは通り過ぎた。

 もう一つはトール君だけど……。


 多分、怒ってるよなぁ……ちょっと気が重い。

 嫌われてなければいいけど。




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