第10話
その後、私は第一王子と第二王子の二人にも挨拶をした。
第三王子については王都で留守番らしい。
その後、昼食に誘われたので素直に応じることにした。
国王と第一王子、第二王子と昼食を食べながら歓談した。
全てが終わり、王家の天幕を出る頃には、すでに夕方になっていた。
あちこちで火が焚かれ、時折、美味しそうな匂いが漂ってくる。
日本のキャンプ場のような雰囲気だ。
もっとも、テントの一つ一つは、コンビニ一つくらいは軽々と覆い隠せるほどの大きさだ。
スケールが違う。
「さて、この後はどういたしましょうか?」
そろそろ、うちも天幕の設営が終わったころだ。
戻って休憩してもいいが、それは少し勿体ない。
というのも狩猟大会で一番楽しいのは、昼間の狩猟そのものではなく、夜での社交だからだ。
キャンプファイヤーをしながら夕食会を開いたり、歌ったり、踊ったり、連れて来た道化師に芸を披露させたり、星を見たり。
場合によってはどんちゃん騒ぎしたりするのが、醍醐味だ。
完全に林間合宿のノリである。
夜会は昼とは異なり、無礼講になるので多少、気を抜いても問題ない。
夜での発言は本気にしないのがマナーだ。
「天幕は張り終えていますが、人を招く準備まではできておりません」
私にそう報告したのは、浅黒い肌をした初老の男性である。
彼はブドゥーダル公爵家の筆頭騎士頭を務めている。
騎士頭は主君を補佐、もしくは代表して政務や裁判を行う職務である。
彼はその中の筆頭……つまり一番偉い。
現代日本で強引に例えると、事務次官に当たるだろうか? つまり偉くて有能な人だ。
最近は私の側にいることが多い。
私の補佐兼護衛兼教育係兼お目付け役である。
ところで彼とラザァーベル元帥どちらが偉いのかと言えば後者だ。
筆頭騎士頭がブドゥーダル“公爵家”の家人であるのに対し、ラザァーベル元帥はブドゥーダル“公国”の重鎮だからだ。
それに前者はただの騎士で、後者は貴族だ。
「であれば、他家の天幕にお邪魔するのも良いですね」
非公式の場なので、他の貴族の宴会に飛び入り参加することも許される。
しかし中小貴族ならともかく、大貴族の私が飛び入り参加したら、相手も大変だろう。
招待を受けるまでは動きにくい。
どうしようかなと思っていると、女官――シークが何か、言いたそうにしていることに気付いた。
「そちらについてですが……姫様。ラークノール公爵家の騎士より、夕食の誘いを受けました」
今回も私たちは商人たちを引き連れてこの地にやってきた。
酒はもちろん、塩や香辛料、オリーブ油などの需要があることを見越してだ。
ついでに石鹸の販売もしている。
シークには引き連れて来た商人や、私たち、そして香辛料などを買い求めに来た騎士たちの取次役を任せていた。
その取次の際に、ラークノール公爵家から派遣された騎士から、夕食会への誘いを受けたそうだ。
……ぶっちゃけ、シークはそんなに高い地位にない。
外交ルートとしても正式ではない、迂遠なやり方だ。
保険に保険を重ねている感じがする。
「正式な招待ではないと?」
「はい。……王家を優先し、断られることを警戒したのではないかと、推察いたします」
私たちが王家に挨拶へと出向いたのは、昼を過ぎる頃だった。
このまま昼食会に移行するのか、少し間を置いて夕食会に移行するのか、少し怪しい時間帯だ。
そして王家とラークノール公爵家なら、前者が優先されるのは当然だろう。
予定があるからと断るのも、断られるのも、気まずい。
だからやんわりと、非公式の外交ルートで夕食会へのお誘いをしてきたのだ
……と、普通の貴族や騎士は考える。
だが私は違う理由がある気がした。
断られるのを恐れていたのは間違いないが、それはおそらく……。
私は安心で頬が緩むのを感じた。
「では、あちらの都合がよければ参加させていただきましょう」
私の言葉に、騎士たちが動揺するのを感じた。
言葉は発せず、視線だけを互いに交わす。
「……夜となれば、事故が起こるやもしれません」
筆頭騎士頭がやんわりと私に警告した。
ブドゥーダル公爵家とラークノール公爵家は休戦中だ。
平和条約が結ばれているわけではないので、いつ戦争が再開してもおかしくない。
実際、父とラークノール公爵はそれぞれ自領に篭り、睨み合っている。
暗殺はないが、何かの拍子で暴発する可能性がある。
騎士たちはそれを恐れているのだ。
休戦協定は結び終えているのだし、わざわざ危険な真似をして敵地に乗り込まないで欲しいというのが彼らの本音だろう。
「夜だからこそ、招きに応じられます。何より、闇夜を恐れ、臆病者と誹られるのもよくないでしょう」
断っても問題はないが、行った方が友好関係には繋がると思う。
それにブドゥーダル公爵家とラークノール公爵家を争わせて共倒れを狙っている、他の大貴族や王家への牽制にもなる。
リスクはあるが、それ以上に利は多い。
……それに個人的には彼に謝罪して、仲直りしたい。
「……もちろん、蛮勇であるならば、あらためます」
あなたたちが反対なら行かないよ。
私がそう伝えると、筆頭騎士頭を含めて騎士たちは小さく頭を下げた。
「主の身を守ることが我らの使命です。もしもの時はこの身を盾として、必ずお守りいたします故……ご安心して、夜会をお楽しみくださいませ」
どうやら反対というわけではないようだ。
私が危険であることを自覚して行くのであれば止めないという程度のニュアンスなのだろう。
「では……シーク。取次をお願いいたします」
「はい。かしこまりました」
シークを通じて、非公式のルートで「正式に招待してくれれば応じる準備がある」と回答する。
しばらくすると、ラークノール騎士がやって来て、正式な招待をされた。
やんわりと参加している貴族を確認すると、やはりと言うべきかラークノール公爵と親しい……ラークノール派の貴族たちが集まっているようだった。
この場に私たちだけで赴くのは、少しリスクが高い。
敵地に単身で乗り込むようなものである。
輪姦、リンチされる可能性がある。
……いや、この世界、そういう事件が起こるんだよ。たまに。
もちろん、それは中小貴族や騎士同士の社交での事件だ。
今回のように王家主催で、名立たる大貴族が出席している場で、大貴族の次期当主にそんなことをすれば、大陸全土の貴族を敵に回す。
ラークノール公爵家は滅ぶだろう。
しかしラークノール公爵領では「誘拐婚」の風習が残っているとも聞く。
ラークノール公爵本人も、正妻と結婚するために花嫁略奪をしたと専らの噂ではある。
トール君は私に執心しているし、身近に成功例があるなら、「既成事実を……」と乱心する可能性はないとは言えない。
全ての人間が合理的で理性的なら、犯罪はこの世に存在しない。
何より、無防備にノコノコと行くと間抜けだと思われる。
トール君に「こいつポンコツか……? それとも誘ってんの?」とか思われてしまう。
それは良くない。
そして貴族には貴族しか、対抗できない。
騎士を大勢連れて行っても、あまり意味はない。
「親しい友邦に声を掛けても……?」
「もちろんでございます」
こっちも封臣やブドゥーダル派の貴族連れて行くけどいいか? と聞いたところ、あっさりオッケーが出た。
当然である。
お前一人で来いとか、「これからリンチ、輪姦するからな」と言っているのと同じだ。
というわけで封臣であるラザァーベル伯爵(元帥)や、派閥の貴族であるアローベラ伯爵などの友邦貴族に、「これからラークノール派の貴族のところに飯食いに行くんだけど、お前らも来る?」と声を掛けた。
最終的には十人くらい……供回りの騎士も含めれば、三十人程度で私はラークノール公爵家の天幕へと向かった。
「ロゼリア姫が御成りになられました」
先導してくれていたラークノール騎士が大きな声でそう言うと、キャンプファイヤーを囲んでいたラークノール派の貴族たちがどよめきを上げた。
どうやら私が来るのは少し意外だったらしい。
ラークノール派の貴族たちは一斉にこちらを向き……。
そしてその中から一人、少年が前に進み出た。
「ようこそお出でくださいました。ロゼリア姫。……お久しぶりです」
そう言って出迎えてくれたトール君は、非常に嬉しそうだった。
手紙の雰囲気的に、怒っているかと思ったが、そういうわけではなさそうだ。
私は少しだけ安心した。
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