第11話
「はい、お久しぶりです。今宵はお招きくださり、ありがとうございます。トール殿」
互いに略式の礼を取る。
それから私はデラーウィアから剣を受け取った。
宝石に飾られた、ずっしりと重い、宝剣だ。
そしてそれをそのまま、トール君へと差し出した。
「お頼みいたします」
「しかと、お預かりいたします」
私から剣を預かったトール君は、それをそのまま側仕えの騎士へと渡した。
真夜中に剣も持たずに出歩くのは無防備マン過ぎるが、帯剣したまま宴会はできない。
それ故の折衷案的な儀式だ。
なお、私も含め、貴族たちはみんな魔法の増幅器を身に付けているし、デラーウィアを始めとする側仕えの騎士たちも暗器で武装している。
だから無防備マンにはなっていない。
もっとも、それはお互い様だが。
儀式を終えると、私はトール君に促され、彼の隣の席に座った。
ブドゥーダル派の貴族たちも、次々と武器を預け、案内された席に腰を下ろす。
キャンプファイヤーへと視線を向けると、何か動物と魚を焼いているようだった。
美味しそうな匂いがプンプンしている。
「何を焼いているのですか?」
「シカとイノシシ、そしてコイを焼いています」
トール君たちは今朝、到着したらしい。
そして昼頃に狩猟地に入り、王国騎士に案内される形で下見をして来たそうだ。
その時に狩猟した動物らしい。
狩猟地は中心部に行くほど魔獣の生息数が増加するが、逆に周辺部については普通の動物も生息している。
そんな話をしていると、給仕係が私に木製の器を渡してきた。
器には何か、スープのようなものが入っている。
「こちらはクジラ汁になります」
「へぇ……クジラですか」
給仕係の説明を聞きながら、私はスープを口に運ぶ。
強い塩っ気と、動物性の脂の旨味が口の中に広がる。
かなり濃い味付けというか、ワイルドな風味もするが、野外で食べるならこれくらいの方が美味しい。
「初めて食べましたが、美味しいですね。……ラークノール公国では、クジラをよく食べるのですか?」
私がトール君に尋ねると、彼は大きく頷いた。
「はい。ラークノール……というよりは、ガルザァース人の文化ですが……」
基本は鯨油目的だが、肉も食べるらしい。
肉は大量に取れるが、食べ切れないので、その殆どは塩漬けにされる。
その塩漬けにしたクジラをスープにして食べたりするそうだ。
「クジラが魔獣化することもありまして……」
全長百メートル超えのバカデカ人食いクジラが出没することがあるらしい。
漁場を荒らすだけでなく、漁船や貿易船にダイレクトアタックして、人間も食べるとか。
怖過ぎでしょ……。
「北の海の平穏を守ることは、我らの使命なのです」
と、誇らし気に語るトール君の表情は強張っていた。
近くにいるからか、ピリピリとした緊張も感じる。
やはりそうかと確信を抱いた私は、本題に切り込む。
「……そう言えば、お手紙にも書かれていましたね」
ビクっとトール君の頬が僅かに引き攣った。
そして彼は気まずそうにその碧い瞳を逸らした。
「手紙が……届いていらっしゃったのですね」
「出立する一週間前に届きましたわ」
「そ、そうでしたか」
これは私の予想だが、トール君は手紙を出してから後悔したのだと思う。
酷いことを書いてしまったと。
手紙のせいで嫌われたらどうしよう……。まだ、手紙がギリギリで届かなかったらいいんだけど。
でも、もし届いていなかったとしたら、今、どのように説明するべきか……。
と、そんな感じであれこれ考えていたに違いない。
何ともまあ、可愛い話である。
青春してるなぁー、羨ましい。
「お返事はあらためて。……帰還してから、今宵の宴のことを想いながら、綴らせていただきますわ。だから、良い思い出を作りましょう」
全然、気にしてないよ。私もごめんね。次はちゃんと、あなたのことだけを想って手紙を書くから。これでこの話はお終いにして、今を楽しみましょう。
私がそう伝えると、トール君は大きく頷いた。
「そうですね。……ところで、私から贈らせていただいた毛皮の着心地はいかがですか?」
ようやく聞いてくれたか。
私はそう思いながら、わざとらしく身に纏っている外套の裾を手に取った。
自然と貴族たちの視線が私に集まる。
「はい。大変軽く、暖かいです。このような素敵な品を贈ってくださり、ありがとうございます。……トール殿から見て、いかがでしょうか? 似合っていますか?」
「よく似合っています。あ、あなたのお美しい姿を見て、贈った甲斐があったとあらためて思いました」
「まあ、お上手ですね」
私たちのやり取りに耳を澄ませていた貴族たちが、「おぉー」と小さな声を上げた。
これはトール君の口説き文句に感心しているわけではない。
私がラークノール公爵家から贈られた毛皮を着て、さらにそれについて言及したことに反応を示しているのだ。
「トール殿も……いかがでしょうか? わたくしから贈らせていただいた、ブドゥーダルの絹は……」
私の言葉にトール君は深く頷いた。
そして着ている衣服を軽く手で撫でながら答える。
「素晴らしい品です。これほど上質な絹は初めて触れました。その、いかがでしょうか? ロゼリア姫から見て……」
「よく似合っていらっしゃいます。……以前よりも凛々しく見えます。贈った甲斐がありますわ」
「そ、それは良かった」
トール君はそう言ってプイっと頬を背けた。
赤くなった顔を隠すためだろうけれど、耳まで染まってしまっているので隠せていない。
とりあえず、お互いに毛皮と絹の交換をしたことを示せたので、良しとしよう。
目的は果たせた。
後は気楽に食事して帰ろう。
その後は料理を食べたり、夜空を眺めて星座の話をした。
あの星座はガルザァースの神話では……とか、ブドゥーダルの船乗りの間ではあの星座は……とか。
しかし我ながらロマンティックな雰囲気だ。
もっとも、私は政治家だ。
「見え方や伝え聞く物語は異なれど、星に想いを寄せるのは、北も南も変わらぬのですね」
言葉や文化は違うけど、平和が一番だよね! 平和、万歳!!
と、私はラークノール・ブドゥーダル両派の貴族に聞こえるようにアピールした。
「そ、そうですね……」
一方のトール君は先ほどから上の空だった。
星座の話に入ってから、何となくそわそわしている。
何か言いたいことがありそうだ。
「えーっと、その、ロゼリア姫」
「あ、流れ星」
夜空に流れ星が光ったので、私は思わず声を漏らしてしまった。
しかし結果としてトール君の言葉を打ち消してしまった。
やらかしたなぁー。
と、そう思った私は謝罪の言葉を口にしようとする。
「先ほどの流星が見えた方角に、赤い星が見えませんか?」
しかしそれよりも先にトール君の星語りが始まった。
その口調は妙に自信満々というか、台本掛ったものであった。
何か始まるなと察した私は、深く頷いた。
「はい。見えます」
「あの星から右に三つの輝く星が……」
トール君は赤い星を中心に、いくつかの星を指さした。
あれのことかと思う星もあれば、どれのこと……?となる星もあるのだが、話の腰を折るのも良くないので、とりあえず納得したフリをする。
「以上の星を繋げると、赤い星を中心に踊る二人の男女の姿が浮かびます。ガルザァース人の間では、二人は焚火を囲む……恋人同士であると、伝えられています」
もう話のオチが分かって来た。
私は背中に冷たい汗が垂れるのを感じる。
「いかがでしょうか。……星座に習い、手を取り合うのは」
トール君は立ち上がり、片膝を突き、私に手を差し出した。
少し遅れて貴族たちが「おぉおお!?」と、大きめの声を上げる。
求愛一歩手前……いや、もうこれは求愛だ。
油断した。
こんな隠しトークを持っているとは、思っていなかった。
想定外だ!
「まあ! あの星にそのような謂れがあるなんて……」
ノーリアクションは不味いので、とりあえず反応を示す。
あれこれ言葉を紡ぎながら、私は必死に脳味噌を回転させる。
手を取るべきか、取らぬべきか。
取った場合、求愛を受け入れたと思われるだろう。
もちろん、ここは非公式な場なので、それで婚約成立などという話になるわけないが、今後の婚姻外交に支障をきたす恐れがある。
だが取らないのは、もっと不味い。
トール君を衆人環視の場で振るのと同義であり、それは彼に恥を掻かせてしまうことになる。
せっかくの友好の場が台無しだ。
手を取らないといけない。
だけど、求愛を受け入れたと思われない、上手い言い回しを考えないと……。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
あぁ、ダメだ……考えがまとまらない!
「えっと……」
そして時間稼ぎの言葉も尽きて来た。
というか、時間稼ぎしている時点で手を取る気がないのは明らかで……ま、不味い!!
「はは……そうお困りにならないでください」
トール君は苦笑しながら言った。
私は心臓が跳ね上がるのを感じた。
「今宵の宴は焚火が燃えている間まで。そして焚火は明日の朝には燃え尽き、消えるモノ。私の誘いも、そのようなものです」
何度も練習したのだろうと思われる、滑らかな言い回しだった。
私がすぐに手を取らないのも、織り込み済みだったようだ。
「焚火が燃え尽きるまで。星座が瞬く間だけ。どうか、私の手を取ってくださいませんか?」
二度目の誘い。
それを受ける時にはすでに、私は冷静になっていた。
「……では、星座が導くままに。赤き星が落ちるまで」
私はトール君の手を取った。
すると、いつの間にか楽器を持って準備していた楽師団が音楽を奏で始める。
全く、準備が良いことだ。
私たちはブドゥーダル・ラークノール両派の貴族に見守られるまま、ダンスを始める。
「ロゼリア姫も動揺されることがあるのですね」
トール君は小さな声でそう言った。
暗がりの中で、話をする余裕まで身に付けたらしい。
なんか、腹立って来た。
「……このような冗談は、二度としないでください。肝が冷えました」
私は声を大きくし、周囲に聞こえるように抗議する。
これはあくまで冗談。本気にしてないから。
そういうアピールだ。
……なんか、ツンデレヒロインにでもなった気分だ。
「し、失礼した。今宵は焚火の熱に浮かされてしまったが故……次はありません」
二度としません。
トール君は大きめの声で周囲に宣言した。
……これでトール君の求愛も打ち消せただろう。
何とか、引き分けに持って行けた形だ。
「しかし……ロゼリア姫」
トール君の顔が私に迫る。
彼は私の手を強く引き、身体を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「日が昇ろうとも、俺の心の炎が消えることは決してありませんから」
――絶対に諦めませんから。
「……!?」
ドキっと心臓が跳ねた。
どういうわけか、私の体は意思に反し、強張ってしまった。
そのせいか、ワンテンポ遅れてしまう。
それを取り返そうと足を慌てて動かそうとする。
「あっ……」
「おっと」
結果として私は足を縺れさせ、転びそうになったところをトール君に支えられる形になってしまった。
やらかした。
……今のは完全に私のミスだ。
失態の連続に私は自分の顔が熱くなるのを感じる。
は、恥ずかしい……。
「大丈夫ですか?」
「え、えぇ……失礼いたしました。続けましょう」
まさか、トール君が私をちゃんとエスコートできるようになるとは思わなかった。
男子、三日会わざれば刮目して見よ、とはこのことか。
「本当に上達されましたね。以前よりも踊りやすくなりました」
「まるで以前は踊りにくかったような口ぶりですね」
「正直に申し上げると、そうですね。ですから、驚いています」
私がそう言って笑うと、トール君も笑った。
「では、次はさらに驚かせて差し上げましょう」
「まあ! それは素敵なご提案ですね」
やられっぱなしは癪だ。
そう思った私はそっと、トール君の体を引き寄せる。
そして怪訝そうな表情の彼の耳元に、そっと唇を寄せた。
『期待しています』
ガルザァース語でそう囁いた。
私の口から自分の母語が飛び出たのは、さすがに驚きだったらしい。
トール君の体が動揺で硬直する。
もっとも、すぐに持ち直した。
く、悔しい……。
「まだ下手なので、二人だけの秘密です。……今後にご期待ください」
「……はい! 楽しみにしています!!」
その言葉を最後に私たちはダンスを終えた。
闇夜に拍手の音が響いた。
私はゆっくりと、トール君から手を離す。
手は汗でぐっちょりと濡れている。
緊張のせいか心臓は激しく脈打ち、そして体が燃えるように熱かった。
頭がクラクラする。
……雰囲気に流されてやってしまったが、これ、大丈夫だろうか?
私は後から心配になった。




