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TS貴族令嬢の複雑すぎる婚活事情  作者: 桜木桜


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第7話

 無事に休戦協定を結び終えた私は、我が領の北の城――トルーニア城に到着した。

 少し休養を取り、身支度を整えてから、父の執務室へと向かう。


「お父様。ロゼリアでございます」

「入れ」


 父は事務机ではなく、ソファーの上に腰を下ろしていた。

 テーブルの上にはお菓子と果物の盛り合わせが置かれている。

 仕事の話ではあるけど、気楽に話そう……そんな雰囲気だ。


 促されるままにソファーに座ると、控えていた使用人がお茶を淹れてくれた。

 使用人は一礼すると、部屋から退室する。

 これで父と二人切りだ。


「まずはご苦労だった。ロゼリア。……話はデラーウィアからすでに聞いているが、ロゼリアの口からあらためて、聞かせてくれ」

「はい」


 社交で誰と話し、どのような話をしたか。

 私は事前に考えていた通り、父に淡々と報告した。

 私の話した内容は、私の専属侍女――デラーウィアの報告と相違はなかったらしい。

 父は満足そうに頷いた。


「そうか。では……ラークノール公爵家からの持て成しはどのようであったか? 印象を教えてくれ」

「公爵としては不足と評する他はないでしょう」


 正直に言うと、しょぼいなと思った。

 会場である城は武骨で貧相だった。

 これなら、ちょっと見栄っ張りな伯爵家の方がよっぽど派手で豪華な歓待をしてくれる気がする。


「ですが、真心は感じました。不足は私たちを侮っているからではなく、経験不足故かと。……料理も美味しかったですしね」


 ラークノール公爵家側も、不足は自覚しているようだった。

 だからこそ、生牡蠣のような、「持ってくるのに手間が掛かる食材」を料理に使うことで、「頑張ってるんだよ。別に馬鹿にしているわけじゃないんだよ」とアピールしているように感じた。


「そうであったか。……たらふく生牡蠣を食したようだが、そんなに美味であったか?」

「それはもう、噂に違わぬ味でした。……やはり寒いところの方が、美味しいのですね」

「ふふ、そうか。であれば、今後、ロゼリアが出席する社交では、必ず牡蠣が出されるであろうな」

「それは喜ばしいことですわね」


 好きな食べ物が知られることは、外交上、特に問題にはならない。

 それがゲテ物でもない限り。

 そして牡蠣の生食は王国では一般的だ。


「しかし想定以上に、ロゼリアとトール殿の関係は注目を浴びているようだな」

「目立ちすぎでしょうか」

「いや、むしろ好都合だ。王家への良い牽制になる。……国王も早く首を縦に振れば良いものを」


 ブドゥーダル公爵家と王家の婚姻同盟――私と王子の結婚は、半ば決定事項である。

 問題は私とどの王子が結婚するかだ。

 国王は第一王子と私を結婚させたがり、父は第二王子――バルトナ王子を求めている。


 安全保障という観点で言えば、次期国王である第一王子と結婚するのが良いが、そうなると王家の力が強まり過ぎてしまう。

 ブドゥーダル公爵家の領地が王領に組み込まれてしまう可能性が高まるため、受け入れられない(逆に言えば、国王からすればそれはもっとも望ましい結末だ)。


 一方でバルトナ王子と私の婚姻は、国王にとっては受け入れ難いだろう。

 王家が二分する恐れがある。

 バルトナ王子と父が結びつき、反旗を翻す危険性がある。


 だから父は私とトール君を接近させた。

 こっちの要求に従わないなら、王家ではなくラークノール公爵家と同盟を結ぶ……と。

 要するにトール君は当て馬にされているわけだ。


「……むしろ問題はトール殿の、ロゼリアへの思慕だろう。隠す気が見えないとのことだが、どうだ?」

「そうですね。少々、罪悪感を覚えるほどではありますね」

「そうであるか……」


 父としては、当て馬役のトール君がそこまで発情すると思っていなかったらしい。

 父は額に手を当てた。

 NTRで脳味噌を破壊されたトール君が反転アンチになることを、父は恐れている。

 痴情の縺れで戦争が起こるのは、割と洒落にならない。


「強めに拒絶しましょうか?」


 ごめんなさい。あなたのこと、異性としては見られないの。友達として仲良くしましょう?

 と、今のうちに言っておけばダメージは少ない気がする。

 絶対にギスギスするけど。


「……いや、今、ラークノール公爵家との関係悪化は避けたい。それに最後の手段として、婚姻の線は残しておきたい。王家と帝家が結びついた時の備えとして」


 我がブドゥーダル公国は隣国の帝国と国境を接しており、領土問題で揉めている。

 我が家にとって最悪の結末は、王家と帝家が婚姻同盟を結び、ブドゥーダル公爵家を挟み撃ちにすることだ。

 ここにラークノール公爵までが加われば、ジ・エンドである。


 父の目下の外交方針は、“ブドゥーダル公爵家包囲網”の完成を防ぐことだ。

 私としても三方を敵に囲まれた領地なんて相続したくないので、父には是非とも頑張って頂きたい。


「代わりにブランシュのことを、話題に上げなさい」


 ブランシュは私の妹であり、父と後妻との間に生まれた娘だ。

 そしてもう一人、ルージュという女の子もいる。

 私を含め、この三人が父の嫡出の子供である。


 父は私の代打としてブランシュを出したいのだろう。

 トール君が私の家柄や顔に惹かれているなら、ブランシュにも興味を示すはずだ。


 ……まあ、男なんて結局顔だしね。

 私も元男だから分かるけど。

 でも、何だろう……ちょっと、モヤっとするな。


「ブランシュにも伝えた方が良いですか?」

「時が来れば私から伝える。……駄々を捏ねかねんからな」

「そうですか」


 トール君の顔は整っているし、女の子には優しそうだし、優良物件寄りだとは思うけど。

 ブランシュは嫌がるだろうか?

 ……確かに家柄という観点だと、貴族家として百年以下の歴史しかない一族の三代目と、大陸有数の名門であるブドゥーダル公爵家本家の姫君とでは、釣り合わないかもしれないが。


「ところで……ロゼリアから見て、トール殿はどのように映った?」

「そうですね。……自己肯定感が低く、繊細な心をお持ちなのかなと、思いました。ですが、勤勉で努力家でもあります」


 想像以上にダンスが上達していて驚いた。

 根が真面目で素直なのだと思う。

 ……だからこそ、父親に対しては複雑な感情を抱いていそうだ。


「……随分と好印象だな」

「そうでしょうか?」


 でも、確かに彼と話すのは楽ではある。

 隙あらば言質を取ろうとする貴族たち――第二王子とかと比較すると、好感は持てる。

 もっとも、私にとって都合が良いだけだが。


「私は殿方を見る目がありませんから。お父様が相応しいと感じた方と、喜んで結婚したいと思います」

「……そうか」


 父は複雑そうな表情だった。

 娘の結婚相手を決めるのは父親。この世界のルールに照らし合わせれば、私の考えは真っ当だと思うが……違ったのだろうか?

 ああ、でもブランシュはもう少し我が儘を口にするし、聞きわけが良過ぎるのかな?


 とはいえ、結婚したい相手はいないし。

 かといって、結婚したくないは通らないし。

 だったら、あなたが決めてくれとしか言いようがない。


「まあ、良い。少し話を変えよう」


 父はそう言って立ち上がり、執務机に置かれていた箱を手に取った。

 それをテーブルまで持って来て、蓋を開ける。

 中に入っていたのは……。


「ラークノール公爵から頂いた、海獣の毛皮ですね」


 私たちが住むこの西大陸は、冬の寒さが非常に厳しい。

 それ故に冬場は毛皮のマントやコートなどの外套が必需品となる。

 庶民は身近な羊や兎の毛皮を用いるが……。

 貴族たる者、庶民と同じような毛皮を着るわけにはいかない……と、考えるのが貴族という生き物である。


 高級品としてはキツネやイタチ、最高級品としてはクロテンが、貴族が身に纏うべき毛皮とされている。 

 しかし最近ではクロテンを超える、最高級品としてブームとなっている毛皮がある。


 それが海獣の毛皮だ。

 多分、ラッコとかそれに近い生き物だと思う。


 ラークノール公爵はこの海獣の毛皮の流通を独占している。

 

 だからこの毛皮を身に纏いたければ、ラークノール公爵と仲良くなるか、もしくは大金を支払い、商人を通じてこっそり入手する以外に方法はない。


 これはラークノール公爵家の貴族外交での立場を強固にしている。


 というのもこの海獣の毛皮を身に纏うことが、ラークノール公爵との関係の近さをアピールするツールとなるからだ。


 たかがラッコと侮ることなかれ。


 例えばだが、私がクロテンの毛皮の外套を着ていくと、「あれ? ドレスは一級品なのに、毛皮は二級品なのですね。今はこの海獣の毛皮が流行っているのですが……知らないのですか?」という感じの嫌味を言われたり、マウントを取られるのだ。


 ここまでは私個人の問題だが……。

 重要なのは、ブドゥーダル公爵家の封臣や、派閥に属する貴族全員がその手の嫌味を言われることである。


 何とかしてくれませんか? ボス。

 と、内側からもチクチク嫌味を言われるのだ。


 もちろん、大貴族としての立場上、ラークノール公爵に頭を下げて毛皮を融通してもらうわけにもいかない。

 頭を下げても面子が潰れるが、さりとてこのまま毛皮を入手できない状態が続いても面子が潰れる。


 だからこそ、友好の証として海獣の毛皮を手に入れることができたのは、外交的に大きな意味を持つ。


「あぁ……私としては着慣れたクロテンの方が好みではあるが。贈られたからには、着なければなるまい」


 そういう父は非常に上機嫌だった。

 多分、着たかったんだと思う。


 なお、私たちは返礼として絹織物を贈った。

 絹織物はブドゥーダル公国の特産品の一つである。


 ラークノール公爵が海獣の毛皮の流通を独占しているように、私たちも絹織物の流通を独占している……とは言い難いが、最高級の絹織物を手に入れるには、私たちの伝手が必要になる。


 ラークノール公爵も、私たちと同様に歯がゆい思いをしていただろう。


 相互に贈り合うという形になったので、どちらかが外交的に屈したという印象は持たれない。

 両者、WINWINの関係だ。

 こういうのでいいんだよ、こういうので。

 

 少なくとも私は人間の手足よりも、ラッコの毛皮の方が嬉しい。

 犠牲になるラッコは気の毒だが。 


「受け取ったのは、ロゼリアだ。まずはロゼリアが着なさい。晩秋には王家主導の狩猟も行われるだろうし、丁度良かろう。その頃までには外套に仕立てられるはずだ」

「お父様は?」

「私は最後に着る」


 どうやら、毛皮を受け取ったからといって早速袖を通すというのも外聞が悪いらしい。

 「そんなに欲しかったなら言ってくれれば良かったのになぁ。ガハハハ!」と小馬鹿にされる……かもしれない。


 まずは直接、受け取った私に着せて、次に家族や分家に配布する。

 それから封臣や派閥の貴族たちにねだられたら、配布し……。

 周囲の反応を確認しつつ、問題がなければ父が袖を通す、という予定らしい。


 貴族というのは面倒くさい。

 というよりは、どちらかと言えば父の性格というか、政治思想によるものだと思う。

 父はローリスク・ローリターンの慎重策を好む人だからだ。


 長所短所はあるとは思うが、すでに十分に発展しているブドゥーダル公爵家の当主としては、相応しいと思う。


「それと……私は近々、ブドゥーベル城へと向かう。二週間後には発つ予定だ。留守を頼む。晩秋には戻るつもりだ」

「それはまた……お忙しいですね」


 ブドゥーベル城はブドゥーダル公爵家の“南の城”である。

 頻繁に行き帰りするような場所ではない。


「随分と留守にしているからな。……アントシアにいつまでも任せるわけにはいかない」


 アントシア――父の後妻、私の継母は元々ブドゥーダル公爵家の分家の三女の生まれだ。

 要するに、ブドゥーダル公爵家のような大貴族の妻に相応しいだけの、十分な教育を受けている人ではない。

 それ故に、迂闊な言動ややらかしが多い。

 というか、一度盛大なやらかしを犯している。


 留守を任せられるような人ではない。

 もちろん、今は父が送り込んだ優秀な騎士たちが実務を取り仕切っているので、以前のような失敗は起こらないと思うけど……。

 気が気でないのだろう。


 なぜそんな人と父が結婚したのかと言えば……そのドロドロとした事情を話すと長くなるので割愛する。

 一つ言えるのは、そこに今は亡き私の母が関わっており、そのとばっちりで私が滅茶苦茶憎まれており、嫌われているということだ。


 そして私も彼女のことが嫌いだ。

 昔、教育と評して理不尽な体罰を受けた記憶がある。

 私はそこそこ根に持つタイプだ。


「何か伝えて置くことはあるか?」

「収穫祭での活躍を祈っていると、お伝えください。ルージュには勉強を頑張るようにと。……あ、それと新作の石鹸を包ませますので、彼女たちに渡してあげてくださいませんか?」


 私の布教の結果、ブランシュたちは石鹸ユーザーとなっている。

 二人ともお洒落が好きなので、薔薇の石鹸は気に入るだろう。


「まあ……構わないが。そう言えば、ラークノール公国にも持ち込んだそうだな」

「ちゃんと商人を介してです。ご安心を」


 絹織物と比較し、石鹸は高級品というよりは珍品の類である。

 これを私がトール君に渡すのはリスクがある。

そこで随行する商人たちに持たせ、社交の場に集まった貴族や騎士たちに販売した。


 その他にもオリーブや香辛料などを持ち込ませているし、お土産として海産物の干物や魚醤などを購入している。


 貴族が直接、その手で受け渡しするほど高価ではない品物を贈り合うのに用いられる手法だ。

 決して石鹸のためだけに行ったわけではない。


「心配はしていないが……どうしてそこまで入れ込むのやら」


 ロゼリア酒は絶賛してくれた父だが、石鹸に対する評価は低い。

 贈答品としての価値が薄いからだろう。


 父に限らず、この世界の貴族はこの手の産業を軽視する傾向がある。

 政治工作に使うための贅沢品や、戦争に必要な食糧や兵器については関心を向けるが、国民を豊かにするような産業には殆ど興味を示さない。

 

 魔法というスーパーパワーがあり、それが特権階級に独占されているからだと思う。


 確かにせっせと石鹸を作って国民を豊かにして外貨を稼いで、人口を増やして、ちまちま国力を上げるよりも、毛皮や絹織物でスーパーパワーを持つ貴族を味方に付けた方が費用対効果は高いのは分かる。

 そもそも領地経営に注力しても、相続でどこかに行ってしまう可能性もあるのだから、やるだけ無駄である。

 それなら婚活(婚姻外交)に精を出して、領土を増やす方が合理的だ。

 

「私は石鹸を葡萄酒に並ぶ産業にしたいと思っています。……もっとも、お父様にとってはゴミなのかもしれませんが」

「……何度も謝っただろう。いつまでも、根に持たないでくれ」


 私の嫌味に父は苦笑した。


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