第13話
よく、漫画とかで強キャラが登場するシーンで「ゴゴゴゴゴ……」みたいな効果音が描かれる時がある。
これはフィクションであり、現実の現代日本にそんな効果音を身に纏って歩いているような、うるさい人はいない。
だがこの世界の貴族はその効果音に相当する物を身に纏っている。
魔力だ。
膨大な魔力は、ただ存在するだけで、圧を生む。
これは“騎圧”と呼ばれる。
殺傷能力はないが、自分よりも騎圧の低い相手を威圧できる。
なお、魔力さえあれば騎圧は放てる。王の資質とかはいらない。
ジェネリック覇王色である。
つまり私を含め、貴族はみんな「ゴゴゴゴゴ……」と音を立てながら生きている。
そんな貴族たちが一堂に会すると……。
あまり良い気分にはなれない。
何というか、満員電車で知らない人と肩とか手が触れているような不快感、圧迫感、恐怖を覚える。
ダンス社交とかだと、踊るためにも空間が広々と取られているので、そんなに嫌な思いはしないのだが。
そのような事情もあって、貴族は親しい相手、同じ派閥の相手と集まる傾向がある。
見知らぬ人よりは、親しい人が相手の方が気楽だ。
それは私も同じ。
しかしこのまま引きこもっていると、臆病者の誹りを受けるかもしれない。
挨拶に出向こうか……。
そう思っていると、後ろから強いプレッシャーを感じた。
周囲の騎圧が変化し、派閥の貴族たちが緊張を高めたことが分かる。
「ロゼリア姫。……調子はいかがでしょうか」
「これはトール殿」
やってきたのはトール君だった。
夜に出会った時と比較し、彼の魔力が昂っているのを感じた。
もっとも、これは緊張や恐怖というよりは興奮によるものだろう。
明日から始まる狩猟を前に、テンションがハイになっているようだ。
ダンスと違い狩猟は明確な暴力行為なので、攻撃性がどうしても高まる。
必然的に騎圧も強まる。
……私が狩猟による社交を苦手としているのは、このような理由からである。
私は平和主義者なのだ。
「私は誓い通り……大会で優勝してみせます」
トール君は胸に拳を当て、私に対して固く誓った。
そんなこと誓われてもというのが、私の正直な気持ちだった。
狩猟大会で優勝したからといって魅力的には映らないのだが、それは私だけだろうか?
この世界の貴族令嬢は「素敵、抱いて!」となるのかな?
なるかもしれない。
この世界では強いことと勇気があることは美徳だ。
マッチョイズム万歳!という感じである。
「おや、となるとトール殿は私のライバルですね」
胡散臭い声がした。
その声の持ち主は第二王子――バルトナ王子だった。
私の婚約者候補筆頭である。
というか、既に内々定まで出ている。
「私も優勝の栄誉を与りたいと思っていますから」
あくまで狩猟大会の話です。
と、言いたげではあるが、「お前にロゼリア姫(ブドゥーダル公国)は渡さない」という牽制だろう。
もうすでに勝っているようなものなのだから、子供相手に大人げない真似なんてしないで欲しい。
「……えぇ。正々堂々、戦いましょう」
一瞬だけ、トール君の魔力が毛羽立つのを感じた。
一瞬だけだ。おそらく、彼との距離が一番近い私だけが、気付いた。
こ、怖……。
しかしこうして接してみると分かるが、トール君の魔力は中々、多い。
まだ十二歳なのに、バルトナ王子に届きそうなほどだ。
私も年齢の割には多い方だが、トール君には負ける。
それだけ多くの魔障石を摂取してきたのだろう。
魔障石の摂取には激痛を伴う(具体的には麻酔無しの虫歯治療くらい)ので、相当な気合いと根性だ。
「おいおい、勝手に話を進めるな」
そう口にしたのはバルトナ王子の少し後ろに立っていた、大柄の男性だった。
細身のバルトナ王子と比較して、彼の体型はガッシリとしている。
また柔和な印象を受けるバルトナ王子と比較して、自信や生命力に溢れているように見える。
その態度は威厳に溢れているようにも、尊大にも見える。
控えめなバルトナ王子とは正反対だ。
しかしその顔立ちはどことなく似ているように見えた。
彼は冗談めかした口調で、自分を指さした。
「優勝するのは私だ」
第一王子カーヴェニル。
年齢は二十四歳。
一応、私の婚約者候補だ。王は私と彼を結婚させたがっている。
もっとも父は彼と私の結婚には反対の立場であるため、実現する可能性は低い。
なぜかと言えば彼は有望な国王の後継者だからだ。
もちろん前評判なので国王になった後に失政する可能性はあるが、現時点では悪い噂は聞かない。
王から与えられた領地を無難に治めている。
最近聞いた彼の有能エピソードとしては、「花嫁代金を払えずに困っている騎士のため、外套を質に入れてまでお金を用意してあげた」という話である。
実際、今の彼はラッコではなくクロテンの毛皮を身に纏っている。
この話は創作ではなく、本当である可能性が高い。
要するに「太っ腹で気前が良い」のだ。
これはこの世界の君主に必要な資質の一つだ。
少なくとも「ケチ」と思われるよりはずっと良い。
恩賞を渋りそうな人のところで戦いたいと思う騎士はいないからだ。
もちろん、お金をばら撒いたからといって必ずしも戦ってくれるとは思わないが……。
しかし一銭もくれない人の話は聞きたいとは思わない。
その他には社交的であること、勇敢であることなどが求められるが……。
少なくとも彼は「陰キャ」でも「ビビり」でもない。
というわけで瑕疵がなく、意外と気さくで金払いも良い彼は、諸侯からの人望も厚い。
きっと私と結婚すれば、私のことも領地も全力で守ってくれるだろう。
そして女の私よりも人望を集めてしまう。
ブドゥーダル公国を丸ごと乗っ取られかねない。
私は彼にベッドの上で屈服させられてしまい、赤ちゃん量産器兼お財布となってしまうのだ。
そんな未来は嫌なので、彼とは結婚したくない。
とはいいつつも踊ったことは何度かある。
いざという時の保険、キープ君二号だ。
ちなみに三号はトール君ね。
「まさか、忘れてなどいません。しかし……その前に兄上は、共に獲物を追う仲間ですから」
「おっと、そうだったな」
カーヴェニル王子とバルトナ王子は仲良さそうに笑う。
そんな二人には、実は不仲であるという噂がある。
大した根拠のない噂だが、王国貴族たちの殆どは信じている。
というのも、そもそも貴族の兄弟というのは仲が悪い物だからだ。
良くも悪くも当主の財産や権限は巨大なので、家督争いは壮絶な物になる。
本人たちの関係が悪くなくとも、周囲の貴族や騎士が対立を煽ることもある。
仲良くなる方が難しいのだ。
ましてや、カーヴェニル王子とバルトナ王子は母親が違う。
カーヴェニル王子の母親が亡くなった後、後妻と王の間に生まれたのがバルトナ王子だ。
これだけ不仲要素が揃っていれば、「二人はきっと不仲で、宮廷内部では熾烈な相続争いが起きているに違いない」と貴族たちが妄想を膨らませるのも無理はない。
実際、バルトナ王子を次期王にと、考えている貴族はそれなりにいるそうだ。
こうなると、二人の意思とは無関係に継承権争いが発生する。
もちろん、全て根も葉もない噂だ。
二人はその噂を払拭するために、こうして仲良く二人で出歩いているのだろう。
それをわざとらしいと感じてしまうのは、少々、貴族世界に染まり過ぎただろうか?
もっとも、私は二人の関係はそれほど悪くないのではと思っている。
これには明確な根拠がある。
しかしまあ……“共に獲物を狙う仲間”か。
ここで言う獲物とは魔獣のことだろうか? 王位のことだろうか? 私のことだろうか?
引っ掛かる言い回しだが、きっとわざとだろう。
こんな冗談飛ばせる時点で仲良しだと思う。
少なくとも私は継母とそんな話はしない。
なお、トール君は「ロゼリア姫(私)と解釈したらしい」。
魔力の揺らぎが強まった。
バルトナ王子もカーヴェニル王子もそれに気付いたらしい。
二人とも少し引いていた。
……こんなに怒るとは思っていなかったのだろう。
一触即発とまではいかないが、少し険悪な雰囲気だ。
……フォロー、入れるか。
私を巡って争わないで! みたいな。
いや、これを言ったら増々、空気が悪くなるな。さて、何を言うのが正解か……。
「おやおや、皆さん、随分とまあ、好き勝手に話されているではありませんか。この私を抜きに!」
芝居掛った口調で、一人の男性がこちらに歩み寄って来た。
良く言えば優美、悪く言えば軽薄そうでチャラチャラした男は、衆目に臆することなく、大袈裟な仕草で宣言する。
「大会で優勝するのは、この私です。昨年は惜しくも、準優勝でしたが……今年こそは優勝杯の栄誉に与ると心に決めています」
コークモール公爵家の若き当主。
デラム・エル・コークモールだ。
彼は既婚者だが、妻に先立たれたため、妻の地位が空いている。
彼もまた、私の婚約者候補の一人である。
コークモール公爵家はブドゥーダル公爵家と並び、王国の建国に貢献した御三家の一角。
そして王国西部に広大な所領を持ち、コークモール派を形成している。
家柄、実力、共に申し分ない人物だ。
彼と結婚した場合のメリットは、王家を東西で挟み撃ちにできることだ。
それだけで私たちの王国での発言力は強化される。
そして互いの所領が遠く、離れているのも都合が良い。
それだけ内政干渉のリスクが低い。
デメリットはいざという時に援軍の到着に時間が掛かることだろう。
あと物理的な距離が夫婦生活に悪影響を及ぼす。
第二王子との婚約がポシャった時のサブ案として、また第二王子を差し出させるための工作として、父は私と彼を何度かダンスさせている。
キープ君一号だ。
あちらもブドゥーダル公爵家と友好を結ぶことにメリットを感じているようで、反応は悪くない。
もっとも、あくまでポーズだけで本気ではなさそうだけど。
「誰よりも巨大な魔獣を仕留めてみせましょう。はははは!!」
コークモール公爵はわざとらしく、馬鹿笑いしてみせた。
一見空気が読めなさそうな行動に見えて、実は彼は非常に空気が読めている。
私たちが険悪な雰囲気だと察し、強引に割り込んで、注目を自分に集めたのだ。
ついでに“魔獣”と明言することで、王子たちの“共に獲物を狙う仲間”の“獲物”の意味を限定させることにも成功している。
さすが、二十七という若さで公爵家を背負って立っているだけのことはある。
服のセンスは悪いけど。
「以前は確か……大蛇の魔獣を討伐されましたよね?」
私はコークモール公爵の策に乗る形で、話題を少し逸らした。
彼は大袈裟に頷き、昨年、どのように大蛇を倒したのか自慢気に語り出した。
するとトール君は対抗意識を剥き出しにし、「私はクジラの魔獣を倒したことがある」と主張し始めた。
可愛い。
とはいえ、“クジラの魔獣”というのは男心を擽られたらしい。
王子たちもコークモール公爵も、トール君の話を興味津々という様子で聞いていた。
私は……もうすでに聞いていた内容なので、相槌を打つ程度に収めたが。
「おっと、少々、話し込んでしまいましたな。それでは皆様、ごきげんよう」
コークモール公爵は大げさな仕草で一礼すると、その場から立ち去る。
彼を見送ってから、バルトナ王子が私たちに向き直った。
「それでは私も……ロゼリア姫」
「はい」
「五日目はよろしくお願いいたします」
バルトナ王子はにこやかな笑みを浮かべ、私と……トール君に視線を向け、優雅に立ち去る。
トール君は不愉快そうにムッとした表情で彼を睨み付けた。
最後の最後で煽り散らかして帰ったな……。
「全く、あやつめ……では、私も。トール殿、五日目はよろしくお願いいたします。ともに鼻を明かしてやりましょうぞ」
カーヴェニル王子はトール君に一声掛けると、大股歩きで堂々とその場から立ち去り、バルトナ王子の後を追いかけた。
この後も二人で仲良しアピールする腹積もりなのだろう。
「……ロゼリア姫」
「……はい」
「星は見えずとも、消えてなくなることはありませんから」
絶対に諦めないから。
トール君はそう宣言すると、マントをはためかせて、その場から立ち去る。
「はぁ……」
気が付かない間に緊張していたらしい。
トール君の攻撃的な魔力に当てられてか、心臓がドキドキしていた。
こっそり深呼吸して、鼓動を整える。
ちょっと暑いな……。
ところでこんなに「キープ君」を量産しても良いのかと思うのかもしれないが、特に問題はない。
この程度で淫売とは思われない。
受験や就活で「第一志望しか受けない」人がいるか?という話である。
カーヴェニル王子たちにも、ちゃんと「キープちゃん」が数人いる。
私との婚姻がポシャっても、問題なく結婚はできるのだ。
トール君は……「キープちゃん」の話は聞いたことがない。
私一筋らしい。
何だか申し訳なくなってしまう。
もっとも、ラークノール公爵家は周囲から“成り上がりの野蛮人”と思われているので、単純に嫁探しに難航しているだけだろう。
もしかしたら、国内にいるのかもしれない。
元々が異邦人の彼らは、下手に外の貴族と婚姻するよりは、封臣と結んで足場を固めた方が良いだろう。
きっと、トール君も本気で私と結婚できるとは思っていない。
記念受験くらいの感覚だろう。
何より、彼の年齢ならそろそろ筆おろしをする頃合いだろうし……。
私だけに一途とかはあり得ない。
うーん、何だろう。
モヤっとするな。
私も処女を捨てたい!とかそういうわけではないのだが。
名前:デラム・エル・コークモール
性別:男
身分:貴族(公爵)
年齢:27歳
性格:社交的・寛容・気まぐれ・貞節
趣味:狩猟、作詩(下手)
特技:ジョーク、宴会芸、怪談話
好きな異性:死に別れた妻
結婚相手に求めるもの:性行為を求めないこと
一言:後継者は甥と決めています




