第1話:管理者からの『エラー通知』
4章開始です!
「仕様変更」という言葉を、俺は世界で一番嫌っている。
何ヶ月もかけて、心血を注いで、ようやく納品まで漕ぎ着けたプロジェクト。その完成を祝ってようやく一息つこうとした瞬間に、「やっぱり前の方が良かった」だの「上の判断で構成を白紙に戻す」だのと言い出すクライアント。
それはエンジニアにとって、自分の子供を目の前で否定されるに等しい屈辱だ。
王都から遠く離れた、静かな湖畔。
俺は伝説の神獣フェンリルのふかふかな腹を枕にして、かつてないほど清々しい目覚めを迎える……はずだった。
「……サトウさん! 起きて、これを見て!!」
エリナの悲鳴に近い声で、俺の有給休暇は強制的に終了させられた。
重い瞼を開けると、そこには絶望に染まった顔のエリナと、牙を剥いて空を睨みつけるフェンリルの姿があった。
俺は身を起こし、彼女が指差す空を見上げた。
――異変は、一瞬だった。
以前、俺が王都全域に構築し、世界を美しく塗り替えた「色彩のグリッド」。あのビビットで、情報の詰まった鮮やかな虹色の空。
それが今、まるで古いフィルムが焼け落ちるように、端からパチパチとデジタルノイズを立てて剥がれ落ちていた。
剥がれた「高彩度」の奥から現れたのは、色を失った、あの退屈で無機質な「初期設定」の灰色だった。
「……相棒。……状況を報告しろ。……王都のレンダリング・サーバーに何が起きてる?」
俺の声に応じて、左腕のデバイス『Link』が網膜上に真っ赤なアラートを大量に展開した。
かつて見たこともないほど巨大な、管理者権限を示すダイアログ・ボックスが視界を埋め尽くす。
『緊急警告:広域魔導OS「Luminous-Core」において、外部からの強制書き込み(オーバーライド)を検知。
……書き込みソース:【世界管理委員会(World Administrator)】
……実行コマンド:ロールバック(物理的・論理的初期化)
……理由:不正なパッチ適用による、世界の「存在定義」の逸脱。……これより、全ディレクトリを「灰色の静寂」Ver.0.01へと差し戻します』
「……ロールバックだと……!? ふざけるな、誰が許可した!!」
俺は思わず立ち上がり、空に向かって怒鳴っていた。
せっかく、この世界の住人たちが自分の「意志」で選び取った色彩だ。
エリナが誇りを取り戻し、街の人々が笑顔になり、ようやく「バグ」のない平和が走り出したというのに。
それを「不正なパッチ」だと断じ、勝手に以前の状態へリセットしようとする。
かつての世界で、俺の娘が一生懸命描いた絵に、教師が「ルールに従え」と言って容赦なくバツ印をつけた、あの時の無力感が脳裏をかすめる。
だが、今の俺は、あの頃の無力なサラリーマンじゃない。
「……エリナさん。……君の装備のステータスは?」
「……ダメです、サトウさん!……色が、……色が抜けていくの!……魔力の出力がどんどん落ちて、まるで……重い泥の中に沈んでいくみたい……!」
エリナの籠手から、マゼンタの光が消えていく。
色彩は、この世界では「魔力効率」そのものだ。
色が消えるということは、人々が手に入れた「力」が、再び奪われることを意味する。
「……グアアアアアアンッ!!」
フェンリルが吠えた。
その伝説の神獣の背中からも、白銀の輝きが失われ、澱んだ灰色が侵食し始めている。
フェンリルは、この世界の「物理的な守護者」だ。その彼が苦しんでいるということは、このロールバックは単なる映像のバグではなく、世界の物理法則そのものを書き換える「強制フォーマット」であることを示していた。
「……相棒。……管理者のアクセスを遮断しろ。……ファイアウォールを全開にして、王都のグリッドを保護するんだ!」
『拒否。……佐藤。……現在のアクセスは、本機が保有するどの権限よりも上位の「ルート権限(Root Privileges)」によって行われています。
……現在の権限レベルでは、読み取り(Read)は可能ですが、書き込み禁止(Write Denied)の設定が強制されています。
……あなたは現在、この世界の「ゲストユーザー」に降格させられました』
「……ゲスト、だと?……この俺を、ただの閲覧者にしやがったのか」
奥歯を噛み締める。
管理者。……この世界を創り、管理し、そして飽きたらリセットする、傲慢なシステムオーナー。
彼らにとって、この世界の人々の営みや俺たちの努力は、ただの「メモリ上のゴミ(ジャンク・データ)」に過ぎないというのか。
「……認めない。……仕様外のロールバックなんて、エンジニアとして死んでも認めないぞ」
俺は地面に膝をつき、デバイスに高速でコマンドを打ち込み始めた。
たとえ書き込み権限がなくても、データの「残骸」は残っているはずだ。
人々が「美しい」と感じた記憶。
鮮やかな色彩の中で笑い合った体験。
それらは、システムの深いところに「一時ファイル」として必ず蓄積されている。
「……エリナさん、フェンリル!……俺の周りを守れ!……これから、この世界の『管理者用バックドア』を探し出す!!」
俺の宣言に応じるように、空が不気味な白光を放った。
ノイズの向こう側から、巨大な「瞳」のような光の紋章が、無慈悲に俺たちを見下ろしている。
『【エラー報告】……不正なユーザーによる抵抗を確認。……これより、対象を「有害なプロセス」と定義。……物理的な削除を実行します』
空から降り注ぐのは、以前の魔物とは次元が違う、純粋な魔力の塊――「削除命令」の光弾。
一発一発が、存在そのものを消し去る力を持っている。
フェンリルが身を挺してそれを防ぎ、エリナが掠れゆく魔力を振り絞って剣を振るう。
「……サトウさん、急いで!!……私たち、もう長くは持たない!!」
「……わかってる!……今、……今、……見つけた!!」
俺は、デバイスの奥深くに隠されていた、古代の「開発用ログ」の末端を掴んだ。
以前、フェンリルをデバッグした際、そして女神像を再起動した際。
俺は無意識のうちに、世界のシステムログに「自分だけの署名」を残していたのだ。
それは管理者も気づかない、極めて微細な、だが絶対的な「俺がここにいた」という証明。
「……相棒。……俺の署名をキーにして、特権昇格(sudo)を要求しろ!……管理者が作ったルールの上じゃなく、この世界という『ハードウェア』そのものに直接語りかけるんだ!!」
『了解。……特権昇格試行中。……認証パスワードを入力してください』
「……パスワード?……そんなの決まってるだろ」
俺は、かつての世界で、深夜まで残業を共にし、今はもう会えない家族との合言葉を打ち込んだ。
それは、娘が大好きだった、最高に鮮やかな花の色の名前。
「――色彩解放ッ!!」
――ズドォォォォォォォォンッ!!
俺のデバイスから、空を貫くような「高彩度な虹色の柱」が解き放たれた。
空を覆っていた灰色の初期化プログラムが、俺の「署名」によって一時的にフリーズし、書き換えが停止する。
管理者による「物理的削除」の光が、虹色の結界に阻まれて火花を散らす。
『……警告:管理権限に対する深刻な侵害を確認。……セキュリティ・フェーズを「第2段階」へ移行します』
「……上等だ。……ゲストの分際で、どこまであんたらの『完璧な世界』を引っ掻き回せるか、見せてやるよ」
俺は、フェンリルの背に飛び乗り、エリナの手を強く引いた。
空にはまだ、灰色の「エラー通知」が浮かんでいる。
だが、俺のデバイスには、新たなプロジェクトのファイル名が刻まれていた。
【Project: Root_Revolution(世界の所有権奪還)】
くたびれたおじさんの監査記録、第4章。
それは、世界の「管理者」という名の神に反旗を翻し、奪われた色彩と、自分たちの『未来の仕様』を自らの手で書き換える、反逆の物語の始まりだった。
「……行くぞ、フェンリル!……王都へ戻って、このバグだらけの神様をデバッグしてやる!!」
虹色の光を纏った巨狼が、夕闇を切り裂いて爆走を開始した。
第4章の開幕をお読みいただき、ありがとうございます!
有給休暇を楽しんでいた佐藤さんを襲ったのは、まさかの「世界の管理者」による強制リセット(ロールバック)でした。
「せっかく作ったものを勝手に消される」という、エンジニアが最も怒る事態に対し、おじさんはついに「神」への反逆を決意します。
以前の冒険で得たすべての絆と、ひっそりと残していた「署名」を武器に、特権昇格(sudo)を挑む佐藤さん。
「ゲストユーザー」に降格させられながらも、知恵と技術で立ち向かうおじさんの戦いを、今章ではさらに熱く描写していきます。
次回、第2話「剥がれゆく色彩」。
王都へ戻る佐藤たちの前に立ち塞がるのは、管理者が送り込んだ「初期化の天使」と、色彩を奪われ絶望する市民たち。
おじさんは、消えゆく世界の「キャッシュデータ」をどう守るのか。
続きが楽しみになりましたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で応援いただけると、佐藤さんの「管理者権限」が少しずつ回復するかもしれません!
よろしくお願いいたします。




