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魔法もスキルもない50歳、腕型PC一台で異世界をハックする。~疲れやすいおじさんは効率重視で成り上がる~  作者: ぱすた屋さん
【第3章】監査役の意匠再構築(グラフィック・ハック) ~失われた色彩と女神のバグ~

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幕間:監査役の強制終了(エマージェンシー・シャットダウン) ~ログに残った『異物』~



 深い眠りの中、俺はかつての世界の夢を見ていた。

 無機質なサーバーラックの唸り声。コーヒーの焦げた匂い。キーボードを叩く指先の震え。

 すべてがモノクロームで、彩度のない、あの息苦しい日々。


「……グルルル……ッ!!」


 地に響くような低い唸り声。その振動が背中から伝わり、俺の意識を強引に覚醒へと引き戻した。

 瞼を開けると、そこには二つの月が照らす静かな湖畔と、牙を剥き出しにして天空を睨みつけるフェンリルの姿があった。


「……おい、どうした。……有給休暇スリープモードの邪魔は、仕様外だと言ったはずだが」


 俺が体を起こすと、傍らに座っていたエリナが、青ざめた顔で私の肩を掴んだ。


「サトウさん、起きて! ……フェンリルの様子がおかしいの。……さっきからずっと、何もない空に向かって……」


 俺は寝ぼけ眼をこすりながら、左腕のデバイス『Link』を起動した。

 その瞬間、網膜上に展開されたアラートの数に、俺の心臓は嫌な跳ね方をした。


『警告:広域魔力ネットワーク「ルミナス・グリッド」において、重大な「書き込みエラー」を検知。

 ……特定の座標……王都上空の色彩レイヤーにおいて、未定義のアクセス・ログが生成されています』


「……書き込みエラー? ……馬鹿な。……あのシステムは、俺の『署名シグネチャ』なしでは、一ピクセルも色を変えられないはずだ」


 俺は、以前王都全域に構築した「魔力回廊」のステータスを、リアルタイムで引き出した。

 ホログラムとして空中に映し出された王都のグラフィック・モデル。

 そこには、俺が監修した完璧な虹色のスペクトルのなかに、一箇所だけ、どす黒い「穴」が開いたようにグリッチ(ノイズ)が発生していた。


「……相棒。……このアクセスの、発信源ソースを特定しろ」


『……解析不能。……対象のアクセス権限を確認。

 ……佐藤。……驚くべきログが残っています。……この書き込みを実行しているのは、管理者(管理者権限)です。

 ……それも、あなたの発行した権限ではなく……この世界という「サーバー」そのものが最初から保有している、マスター・ルート・パスワードによるものです』


「……何だと?」


 俺の背筋に、冷たい汗が伝った。

 



 管理者権限。

 ITの世界で言えば、開発者やシステムの所有者が持つ「絶対的な力」だ。

 以前の監査デバッグを通じて、俺はこの世界の理をハックしてきた。だが、それはあくまで「外部から侵入したエンジニア」としての、その場限りの修正に過ぎなかった。

 

 だが、今起きているのは、この世界を『作った』側の存在……。

 あるいは、この世界というシステムを「所有」している何者かによる、強制的な割り込み(インタラプト)だ。


「……グルアアアアアッ!!」


 フェンリルが、再び吠えた。

 その伝説の神獣の目には、明らかな「恐怖」が宿っていた。

 以前、猛吹雪のなかで出会った時、死を目前にしても誇り高かったあの巨狼が、震えている。

 

 フェンリルは、この世界の「ハードウェア」としての守護者だ。

 その彼がこれほどまでに拒絶反応を示すということは、空の向こうで起きている「更新アップデート」は、この世界にとっての致命的な不具合か、あるいは……。


「……サトウさん! ……見て、空が!!」


 エリナが指差した先。

 王都を彩っていた美しい虹色の空が、一瞬だけ、デジタルノイズが走ったように歪んだ。

 そして、その歪みのなかから、巨大な「文字」のような幾何学模様が浮かび上がる。

 

 それは、俺が知っている文字ではなかった。

 だが、デバイスが強制的に翻訳し、俺の脳内に直接その意味を叩き込んできた。


『【重要なお知らせ】……世界の解像度が基準値を超えました。

 ……これより、外部干渉による「不正な修正」を検知し、自動復旧ロールバックを開始します。

 ……実行者:世界管理委員会』


「……ロールバック……だと?」


 ふざけるな、と俺のなかでエンジニアの魂が叫んだ。

 

 俺が、エリナたちが、王都の皆が、血を吐く思いで最適化デバッグし、ようやく手に入れたあの鮮やかな「平和」を。

 それを「不正な修正」だと断じ、元の、あの色褪せた灰色の世界へ差し戻すというのか。


「……有給休暇バケーションは、終わりだ」


 俺はデバイスの操作パネルを、叩きつけるように展開した。

 

 フェンリルが、俺の意志を汲み取ったように、低い姿勢で待ち構える。

 エリナが、聖剣の光を最大限に励起させ、不退転の決意で私の隣に立った。


「……サトウさん。……また、一緒に戦ってくれますか?……今度は、世界の『神様』とやらが相手みたいだけど」


「……ああ。……仕様を無視した勝手なロールバックは、エンジニアとして一番許せないバグだ」


 俺は、フェンリルのふかふかな背中を叩き、再びその背に飛び乗った。

 

 王都の空が、再び「点滅」を繰り返している。

 せっかく再起動リブートした女神の色彩が、何者かの手によって「上書き」されようとしていた。

 

 俺はデバイスに、かつてないほどの高負荷なプロンプトを打ち込んでいく。

 

「……相棒。……全てのアーカイブを解放しろ。……第1章からのすべてのデバッグ・ログを、『対管理者用防御コード』として再編。……俺たちはこれより、この世界というシステムの『正当な管理者』に宣戦布告する」


『了解。……プロジェクト「世界の所有権ルート・レボリューション」、承認。

 ……佐藤。……定時退社は、さらに遠のきました。……生存確率は……測定不能です』


「……上等だよ。……残業代の代わりに、この世界の『全権限』をいただくとするか」


 フェンリルが、光の速度で湖畔を蹴り上げた。

 虹色の軌跡を描きながら、俺たちは再び、騒乱の王都……そして世界の真実へと向かって爆走を開始した。

 

 色彩のハックは、今、神の領域へとその指先を伸ばそうとしていた。


幕間インターリュードを最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

 

 「有給逃亡」というコメディから一転、物語は世界の根幹に迫るシリアスな展開へと突入しました。

 おじさんがせっかく直した世界を「不正な修正」として差し戻そうとする、謎の「世界管理委員会」。

 エンジニアとして最も許せない「勝手なロールバック」を阻止するため、佐藤さんはついに、世界の「神(管理者)」にハッキングを仕掛けることを決意します。

 

 以前の冒険で得たすべてのフェンリルやエリナを武器に、おじさんが挑む次なるステージ。

 それは、システムの「所有権」を巡る、かつてないスケールの戦いになります。

 

 これにて第3章に関連するすべてのエピソードが完結いたしました!

 次回、いよいよ新章が開幕します。

 

 【第4章:管理者権限の奪還ルート・アクセス・ウォー ~偽りの神と虹色の反逆者~】

 

 佐藤さんの「定時退社」への道は、さらに険しく、そして熱くなっていくようです。

 

 物語の続きが楽しみになりましたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で応援いただけると嬉しいです。

 皆さんの応援が、佐藤さんのデバイスの「演算能力」を高める最大のブーストになります!

 

 それでは、第4章でまたお会いしましょう!


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