王子と末娘の話 (3)
「ご飯が終わったら、また話してくれる?」
「どうして?父と母に用があるんでしょう?」
「君と話したい」
「無理よ。ご飯が終わったら、洗濯するの」
洗濯にすら負けるのか、とライナルトは更に可笑しくなった。
「…じゃあ、洗濯を手伝うから。その間は?」
ライナルトの申し入れに、アイリーンは小首を傾げる。
アイリーンは、全くもってライナルトが自分と話したいと言ってくる理由が分からなかった。
「手伝ってくれるなら隣で好き勝手話してくれてもいいけど」
「一人で話すなんて寂しいからね。ちゃんと会話してくれる?」
「…あなた、面倒な人ね」
アイリーンは呆れた顔でライナルトにそう言った。
素敵な人と言われたことは何度もあるが、面倒だと言われたのは人生で初めてだ。
ライナルトは笑顔を浮かべて、目の前の女性の頬に触れた。
「可愛いね、アイリーンは」
「…触らないでよ」
ぺし、と手を跳ね除け、アイリーンは不快感を露にした。
父は初恋の、そのシャレルという女性を口説く時に「手ごわい」と思ったらしい。
ああ、この娘はきっとその母のように手ごわいのだろう、とライナルトは思った。
何だか無性に手に入れたくなる。
気がついた時には、ライナルトはアイリーンを抱き寄せてその唇を奪っていた。
アイリーンに「最低!」と頬を思いっきり叩かれた後、初めて自分の行動を思い知ったぐらい。
無意識だった。
「娘の非礼をお詫び致します」
勢い良く引っ叩かれ、あたりに響いた「最低!!」という叫びにも似た声。
それに驚いたのか、家の中から慌てて人が出て来た。
その人たちが、ライナルトが探していたシャレルとエルフィードだった。
アイリーンは腹を立てて部屋に閉じこもってしまい…
そして今、自分の素性を明かしたライナルトに、シャレルとエルフィードはただ、娘の非礼に深く頭を下げるだけだった。
「いえ、お嬢さんをからかって怒らせたのはこちらですから」
頭を上げて下さい、とライナルトは苦笑しながら、言葉を続けた。
キスして怒られた、なんてことは口に出せる筈も無い。
アイリーンだって何も言わなかったのだから。
「あの子、少し自由奔放な子で」
「素直な女性ですよ」
「え、ええ…馬鹿みたいに正直なもので」
誰に似たのかしらね、とシャレルは微笑みながら隣に立つエルフィードを見た。
いい年して二人の間には割って入れないような甘ったるい空気が流れている。
父に報告しよう。
この年になってもイチャイチャと楽しそうに暮らしていた、と。
ライナルトはそう思いながら、一つ咳払いをして二人だけの世界に割って入った。
「それで、私がここに来た理由は…こちらです。この書面をご覧下さい」
持っていた筒の中から一枚の紙を取り出し、ライナルトは二人の前にそれを広げて見せた。
紙に書かれているのは、爵位と屋敷の返還を受けることを承諾して欲しいという内容だ。
望むのであらば、騎士隊への復職、それ相応の地位を約束するとの記載もある。
それを読み終えた二人は、少し困った顔でお互いを見合っていた。
「エル…どうするの?」
「…別に何も困って無いからな」
どちらでもいいんだけど、という二人にライナルトはすかさずペンを取り出した。
「じゃあ承諾のサインして下さい。これは長年の父の悩みだったそうで。あなた方が承諾してくれなければ、私は王太子の地位に就くことも出来ませんので」
まあ、そうなの。
とのほほんとした返事が返ってくる。
ライナルトはどっちでも良いなら、是非とも承諾して欲しいと続けた。
それで父の気が晴れるなら本望だ。
と、いうのはちょっとした建前で…
アイリーンを男爵家の娘にすれば、今後も会うことが出来ると思ったからだ。
あのつまらない夜会に誘って手取り足取りダンスを教えてあげるのも楽しいだろう。
マナーを学ばせる為に、と言って侍女として城に住まわせることも出来るかもしれない。
そうしたら、毎日アイリーンに起こして貰いたい。
考えれば考えるほど、ライナルトにとって楽しいことが待ち受けている気がする。
だからこそ、ライナルトは強く承諾して欲しいと二人に迫った。
「じゃあ…国王陛下の心遣いを、ありがたく承諾させて頂くよ」
エルフィードがペンを受け取り、紙にサインする様をライナルトは黙って眺めていた。
サインし終えたのを見た時、ライナルトは何だか無性に楽しい気持ちになった。
「父も喜びます。長年、思い悩んできたことだそうですから。あなた方を不幸にしたかもしれない、と」
綺麗な建前を述べ、ライナルトは再び紙を筒に戻した。
色々と楽しいことが待っている。
ライナルトは柔らかな笑みを浮かべ、二人に一つ礼をした。
まさか、父の初恋の人の娘に…恋をするなんて。
しかもよく考えれば、こんなにも「会いたい」「話したい」なんて思える女性に出会ったのは…初めてかもしれない。
「アイリーン、君が俺とキスしても良いって思ってくれるようにね。毎日、通うよ」
心の中でそんなことを呟く。
暫くの間は、屋敷の返還の準備を手伝うということで、会いに来ることが出来る。
ライナルトは何が何でも、アイリーンを振り向かせようと心に誓った。
それがライナルトの初恋の始まり。
アイリーンにとっては…?
それはこれから始まる物語。
二人の未来のお話。
書いていて思ったよりも楽しかったので、
王子と末娘の話は、いつか別の話として、続きを書けるといいなと思います。
あの時、エルフィードが選択を間違えなかったから、得られた未来がライナルトとアイリーンという、そんなオチです。
番外編もこれで終了です。
ここまでお付き合いありがとうございました。




