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亡国の王女の初恋  作者: 日野森
番外編
54/55

王子と末娘の話 (2)


途中で仮眠も取りつつ、渡された地図に記されている街にライナルトが到着したのは明け方だった。

彼らが住んでいるという家の場所は少し街から外れているのだが…すぐに見つけ出すことが出来た。


街の外れにある小さな湖の傍に、その家は建っていた。

可愛らしい花々に囲まれた小さな家からは、おいしそうな匂いと共に湯気が立ちこめている。

ちょうど、朝食の時間だろうか。


「…そういえば、昨日から何も食べて無かったな」


仮眠を少し取っただけで、何も口にせずに、ずっと馬を駆けてきたのだ。

体も疲れているし、もう空腹も限界だ…、とライナルトは家から少し離れた木陰に腰をかけた。

干肉とパンを口に放り込み、これからのことを考える。

この簡単な食事を終えたら、すぐに家を訪ねよう。

そして事情を話して…爵位と屋敷の返還を受ける書類にサインして貰う。


ライナルトは頭の中でこれからすべきことを順序だてて考えていた。

その時だった。

その家の扉が開いのは。


籠を手にした女性が家の中から出てきた。

無造作に揺れる淡い金色の髪は、朝日が反射してキラキラと輝いている。

年のころはライナルトより少し下だろうか。

森の緑と、湖の青を背景に立つ彼女はとても美しかった。


彼女は、家の周囲にある小さな菜園で何かを採っているようだ。

菜園で作業していた彼女は、自分の家から少し離れた位置にいるライナルトにすぐに気がついたらしい。

眉を顰めながら、じっとライナルトのことを見てくる。


ちょうどいいか、とライナルトは腰を上げ、ゆっくりと彼女の元へと歩み寄った。


「誰」


綺麗な顔を顰めながら、女性はライナルトを睨んだ。

睨まれているけれど…彼女の紫色の瞳があまりに綺麗だったので、ライナルトは暫く魅入ってしまった。

目の前の紫の瞳が更にきつく細められ、ライナルトは我に返った。


「シャレル・フェイルさんと、エルフィード・フェイルさんに用があって参りました」


恭しく右手を胸に当て、一つ礼をする。

それでも、彼女の瞳は緩まない。


「…だから、あなた誰」

「…王城からの使いで」

「名前は?名乗れないの?」


真っ直ぐに厳しい視線を向けてくる彼女に、ライナルトは何だか不思議な気持ちになった。

貴族の女性たちは、顔に貼り付けたような微笑と共に、皆一様にちらちらと俯き加減でこちらを見てくる。

それが鬱陶しいことこの上無い。常々ライナルトは思っていた。

言いたいことがあれば、言えば良いだろう。

こちらの言葉を待ってちらちら見てくるなんて、本当に女は面倒だ。

そう思っていたライナルトにとって、この女性の反応は新鮮だった。


「ライナルト」

「…ライナルト、何?」

「…それは」

「言えないの?そんな人を父や母に会わせるなんてイヤよ」


気が強い女性だ。

ライナルトを王子と知った後も、この女性はこの態度を崩さないのだろうか。

本当は…今ここで身分を明かすのは賢明では無い。

それでも、目の前の女性がどういう反応を見せるのか…ライナルトはそれが気になった。


「ライナルト・ラベルト。この国の第一王子だ。証拠に、これ」


ラベルト王家の紋章が入った剣を見せ、ライナルトは目の前の女性の反応を覗った。

普通なら、跪くとか、失礼しました、と慌てて詫びるだろう、と。


「…王子様が何の用かしら?」


彼女は普通では無いらしい。

表情を変えず、相変わらず厳しい視線をライナルトに向けてくる。


さすがは父が思いを寄せた女性の娘だ。

ライナルトは彼女の反応が楽しくて、話を進めた。

本当なら、娘である彼女よりも先に、彼女の両親に伝えるべきことだろう。

それでも、彼女がどんな反応を返すのかが気になって仕方が無い。


「君のお父様に、爵位と屋敷を返還するために」

「…どうして?」

「俺が王太子に就く代わりに、父が出してきた頼みごとだからだよ」

「変なの」


貴族の爵位と、今の家より大きい屋敷を返すと言ったところで、彼女の反応はいまいち良くなかった。

さも興味が無いといった風にあしらわれ、ライナルトは拍子抜けした。

思っていた反応と違う、と。


王子であるライナルトに、周囲は想像通りの反応を返してくる。

どうせこう言うだろう、こうするだろう、ということをそのまま。

彼女の反応は全てそれらに当てはまらなかった。


今、ライナルトは目の前の女性との会話が楽しくて仕方が無い。


「…俺は答えたよ。君の名前は?」

「アイリーン・フェイルよ、王子様」

「アイリーン。可愛い名前だね」


たいていの女性はその言葉で頬を染める。

だが、アイリーンはまたしても異なった。

眉を顰め、怪訝そうな顔でライナルトを見てきた。


「…王子様の戯れに付き合ってる暇は無いの。朝ごはん食べないといけないから」

「そ、そう」


王都の女性はこぞってライナルトに近づこうとする。

ライナルトを見る為に、会う為にと、他を犠牲にすることを惜しまない。

それは食事の時間であったり、睡眠の時間であったり…お金だって惜しまない。

アイリーンの中では、朝食の方がライナルトよりも上位らしい。

それが可笑しくて、ライナルトは益々、アイリーンと話してみたいと思った。



アイリーンは、シャレルとエルフィードの4人いる子供たちの中の末娘です。

他の子供たちは家を出ていたり、もっと朝早くに仕事に出かけていたりします。

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