王子と末娘の話 (1)
ライナルト・ラベルトは、今年で18になった。
ヴェスアード・ラベルトの第一子である彼は、今度、正式に「王太子」となることが決まった。
「王太子になるにあたって、一つ頼みがある」
父・ヴェスアードがライナルトを呼び出し、そんなことを言ってきたのが二日前。
改まって何の頼みだろう、と身構えたライナルトに、父は意外なことを頼んできた。
ラベルト国王になる前からずっと気に病んできたこと、だそうだ。
それはライナルトの母、リシリー王妃にもずっと秘密にしてきた「悩み」だったという。
その頼みごとを受け、日が沈んだ後…闇に紛れてライナルトは王城を一人こっそりと抜け出した。
馬を駆け、ライナルトは一人の元・騎士を尋ねた。
「ああ、お話は聞いておりますよ。ライナルト王太子殿下」
「まだ王太子の位を継いでいないけどね」
ライナルトを迎え入れてくれたのは、ラベルト騎士隊で隊長も勤めたというハーヴェイ・クラークだった。
3年ほど前に惜しまれながらも騎士隊を引退した彼もまた、父・ヴェスアードと同じ「悩み」を共有しているのだと言う。
父の話を思い出し、ライナルトは小さく溜息をついた。
いい年して、初恋の人の様子が気になる?償いがしたいだって?
一国の王がなんて事を息子に頼むんだ、と思ったことを覚えている。
王位を継いでから21年。
ヴェスアードはライナルトの目から見ても、良き王であり、良き父であり、良き夫であった。
その父は、母と結婚する前に、一人の女性に出会ったそうだ。
ある日の夜会。
いつものようにバルコニーで隠れていたという父の元に、泣きながらやってきた女性がいた。
一瞬、妖精が現れたのかと思った。
真顔で言う父に、ライナルトは「はあ?」と思わず口から出てしまった程だ。
その妖精は、好きな相手に振られたのだと泣いていたそうだ。
失恋したという相手の心の隙をついて、口説こうとしたが…上手くいかなかったという。
覚えておいて欲しいと約束した翌日、その女性の家を見つけ出し、勢いのまま、後先考えずに結婚を申し込んだのだという。
しかし、彼女の顔は浮かなかった。
彼女は隣にいる自分を引き取ってくれたフェイル男爵のことが好きだったのだ。
あ、ちなみに彼女はあのベリアルの王女だ。
そう付け加えられ、ライナルトは笑いすらこみ上げてきた。
ベリアルの王女?たまたま出会ったのがベリアルの王女だって?なんて喜劇だ。
祖父が滅ぼした国の元王女に恋をして、結婚まで申し込んだのか。
だが、父の話では…別に彼女はベリアルが滅ぼされたことなんて気にも留めていなかったという。
そんな王族いるのか?さっきから突っ込みどころが多すぎて、ライナルトはもう疲れきっていた。
彼女は、そのフェイル男爵の家を潰さぬ為に父の申し入れを受けると言ったそうだ。
それはもう悲痛な顔だったそうで。
父の申し入れは一国の王太子の申し入れ…断れば、フェイル家を潰すことになる、と。
最低だな、とあまり考えなく好き勝手振舞った父の行動にライナルトは呆れ返った。
結果、フェイル男爵が職も家も爵位も何もかもを手放し、代わりに彼女を選んだというのだ。
そして…二人は手を取り合って去って行った。
そこまで話し終えた父は薄っすらと涙を浮かべていた。
情け無い、と繰り返しながら。
まあ確かに情けない。
人の恋路を邪魔した挙句、何も悪くないそのフェイル男爵の家も職も何もかもを奪ったというのだから。
それをフェイル男爵の従兄弟にあたるクラーク卿も未だに後悔しているのだと聞いていた。
話によると、フェイル男爵家の為に、とクラーク卿は彼女をまあそれは言葉で追い詰め追い詰め、涙ながらに父の元へ嫁がせようとしたのだという。
クラーク卿も…二人が手を取り合って、どこかへ去っていくのを、父同様、後悔しながら見ていたという。
大の大人が二人して、何をぐちぐちと悩んでいたんだ。
ライナルトは最後に盛大な溜息をつき、あー分かった分かった。と投げやりに頼みを受けた。
「それで」
「ええ、彼らの住んでいる場所は分かっています。ずっと見守ってきましたから」
ちょっとしたストーカーだな。
クラーク卿の言葉に、ライナルトは苦笑いするだけだった。
「そこに行って、爵位も家も返す旨を伝えてくるよ」
「ありがとうございます。本当に…ヴェスアード国王陛下のお心遣いには痛み入ります」
いや、遅すぎるだろ。
ライナルトは心の中で毒づく。
王位を継いで21年だ。
今までも出来たはずだ。
それをしなかったのは…きっと母に遠慮する気持ちもあったのだろう。
だからって息子に頼むのも…しかも「王太子」という地位と引き換えというのがどうも癪に障る。
「まあ、父からの初めての頼みごとだからね。今回は広い心で臨むよ」
ライナルトはクラーク卿から、父の初恋の人が住む場所までの地図を受け取り、すぐに出立に準備を進めた。
クラーク卿が付き人をつけましょう、といくら言っても、ライナルトは首を縦に振らなかった。
付き人なんて邪魔になるだけ。
ずっと騎兵隊にも所属していたのだから、自分で自分の身ぐらい守れる、とライナルトは再び馬に跨った。
ライナルトの他にも王子となる年の離れた弟たちがいます。
そんな理由もあり、比較的、ライナルトは身軽に行動出来てしまいます。




