表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国の王女の初恋  作者: 日野森
焦がれる日々
31/55

30



夜会が行われたあの日。


エルフィードとシャレルを見送った後、ダンスホールに戻ってきたハーヴェイをある人物が待ち受けていた。


「レンフェスト卿、何かありましたか?」


ハドリー・レンフェストは、ハーヴェイに穏やかな微笑を浮かべてゆっくりと近づいてきた。

その両脇に控えるのは、博識で有名な国王の侍従と、王太子付きの侍従だった。


「クラーク卿にいくつか御伺いしたいことがありまして」


ハドリーはヴェスアード王太子一番の側近で、若いながらも有能で有名だ。

それだけでなく、その周囲に控える人物もよく名の通った侍従たち。

何か、あったのだろうか。

ハーヴェイは笑顔でハドリーに騎士として、頭を下げて挨拶したが…その心中には不安が混じっていた。


「そう構えないで下さい、クラーク卿。あなたが連れてきた女性…シャレル・フェイルさんについてですよ」

「…シャレル嬢について?」

「ええ、少し調べてみましたが…ベリアルの元王女で、あなたがフェイル男爵家に養子として引き取らせた。それで合ってますか?」

「その通りです。シャレル嬢が何か?」


夜会にも参加することが出来ず、バルコニーで過ごしていたシャレルのことを、どうして王太子の側近が知っているのだろう。

バルコニーで一人、泣いているだけだった彼女のことをどうして。

今更、ベリアルの王女だからどうの、という話は無いだろう。

ベリアル王族でも疎まれていた末の王女に、何か用がある者なんていないはずだ。

なら、一体…何があったのだろうか。

ハーヴェイは少し難しい顔をして、じっとハドリーの言葉を待った。


「実は、ヴェスアード王太子殿下が彼女のことを気に入りましてね」

「…王太子殿下が?」

「ええ。こっそりバルコニーに隠れていた時に彼女に出会ったそうで」


ああ、あの時。

ハーヴェイがシャレルを迎えに行った時、確かに話し声が聞こえていたが、あまり気にも留めていなかった。

それがまさか、王太子だったなんて。

しかも、その王太子がシャレルを気に入った。

そのことにハーヴェイは口を押さえて驚いた。


「ヴェスアード王太子は、イシュメル国王陛下の血を継ぐ唯一の王子です。イシュメル国王も長年の戦で体が疲れており、その座をヴェスアード殿下にお譲りしたいと仰っております」


その話は、耳にしたことがある。

ハーヴェイはハドリーの言葉に頷きながら、大体の話の結末が予想できた。


「ヴェスアード殿下がご結婚されたら、王座を譲ると仰っておりました。それが…女性の理想が高いのか。殿下は中々、気に入る女性がいらっしゃらなくて」


ヴェスアード殿下は、他国の姫も、国内の有力貴族のご令嬢も、どれも好みではないと、断り続けているという話だ。

国王が夜会を主催するのも、王太子の気に入る女性を探す為だと言われている。

だが、ヴェスアードは挨拶が終わるとすぐにどこかへ消えてしまい、まともにダンスホールで誰かと踊っているのを見た事が無い。


「そんなヴェスアード殿下が気に入った女性が、シャレル嬢だそうで。まあ、自分の父…国王陛下が滅ぼした国の王女に恋をするなんて、おかしな巡り合わせだとは思いましたが」


ハドリーが一歩ハーヴェイに近づいた。

ぐい、と顔を近づけ、ハドリーは真剣な眼差しで真っ直ぐハーヴェイを見る。


「それでも、私は殿下の意志を尊重したいのです。シャレル嬢に取り次いで頂けませんか?」


そう言われた時、ハーヴェイの顔は自然と笑みが零れていた。

貴族にでも嫁がせれば良い、と思っていたが…王族から、しかも王太子から気に入られるなんて…夢のような話だ。


「もちろんです」

「ありがとうございます、クラーク卿。それで、早速ですが…善は急げと言いましょう。明日にでも王太子殿下をシャレル嬢に会わせたいのです」

「ええ、それが良いでしょう。城に呼び寄せましょうか?」

「それにつきましては…殿下に決めて貰いましょう。今からお時間、よろしいでしょうか?」


ハドリーの言葉に、ハーヴェイは満面の笑みで頷いた。

この話が上手くいけば、シャレルは王太子妃…いや、すぐにでも王妃になる。

未だに信じられない、夢のような話にハーヴェイは興奮していた。






一方のヴェスアードは、先ほど、ハドリーが調べ上げたシャレルについての資料に目を通していた。

自分の父が滅ぼした国の王女であることに、何とも言えない気持ちになった。


「…恨まれている、かな」


もしかすると、親の仇と思われているかもしれない。

こんな巡り合わせがあるなんて、信じられない話だ。


はあ、と深い溜息をつき、ヴェスアードは手に持っていた資料を机の上に置いた。


その時、

扉に勢いの良いノックが響いた。


「…ハドリーか」

「ええ、殿下。お邪魔しますね」


入れ、との言葉を待たず、ハドリーはノックした直後に扉を開けた。

遠慮なしに入ってくる腹心に、ヴェスアードは苦笑いを浮かべた。


そんなハドリーに続いて入ってきた人物…ハーヴェイを見た瞬間、ヴェスアードの表情が固まった。

頭を下げてお辞儀をするハーヴェイに、暫く反応出来ないぐらい、ヴェスアードの表情も思考も固まってしまっていた。


「殿下。クラーク卿が、シャレル嬢を城にお連れしようかと言ってくれてますが。どうしますか?」


呆然としているヴェスアードの意識を引き戻すかのように、ハドリーがコンコン、と軽く机を叩きながら話す。

徐々に夜も更けていく。

明日、会うのだと決めているハドリーは、少しの時間も惜しくてたまらないらしい。


「…ああ、そうだな…」

「白い花を持って行くのであれば、殿下が自ら赴くべきでしょう」


白い花。

その言葉の意味するところに、ヴェスアードが一つ深い溜息を漏らす。


「…彼女には、誠意を見せる意味でも…白い花を持って行きたいのだけれどね。でも、彼女は…ベリアルの王族だろう?父が滅ぼした国の…」


そんな相手に、結婚を申し込むという意思を込めて花を贈るなんて…

ヴェスアードは出来ない、と首を小さく横に振った。


「…僭越ながら殿下。シャレル嬢は、ベリアル王妃に随分酷い扱いを受けていたと聞いております。彼女はベリアルが滅んだことを恨んでおりませんよ」


ハーヴェイがハドリーの少し後ろから、一つ手を上げて声を発した。

夜会に来る途中でシャレルに、それとなく聞いたことを告げる。


「彼女は言っておりました。ベリアルでの暮らしは幸せでは無かった、だからラベルトのことも何とも思っていない、と」


ですから、ご心配には及びませんよ、とハーヴェイが続けた。

それに対して、ハドリーも笑顔で頷いてみせる。


「…なら、白い花を持って…彼女に会いに行こう」


恨まれていないのなら、大丈夫だろうか。

少し不安もあるが、それでも、心の中を占めているのは…月夜に照らされたシャレルの姿だった。

不安よりも、会いたいという気持ちが大きくなる。

それはもう、抑えることが出来ないぐらいにヴェスアードの中で膨らんでいた。


「では、明日。私めがご案内致します」


恭しくハーヴェイが礼をする。

ヴェスアードは小さく、ありがとう、と呟いた。


白い花に白いリボンを結んで…

彼女に誠意を伝えよう。

一夜の相手では無い、愛人でも無いんだと。


断られてもいい。

ただ、会いたい。

会って伝えたい。


ヴェスアードはシャレルのことを思い、柔らかな笑みを浮かべた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ