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亡国の王女の初恋  作者: 日野森
白い花の決断
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昼食後、バルコニーでお茶を楽しんでいたエルフィードとシャレルの耳に馬の蹄の音が聞こえてきた。


近づいてくる蹄の音は、一つや二つでは無い。


「…何かしら」


シャレルがバルコニーの柵に近づき、屋敷の門の辺りを見ると…

仰々しい馬車が4台も連なって、フェイル家の門に向かって来ていた。

田舎のフェイル家に訪ねてくる者は限られている。

ハーヴェイですら、こんなにも馬車を連ねて訪ねてくることは無い。


何かあったのだろうか、シャレルは不安げに馬車の方を見つめていた。


「シャレル、とりあえず部屋に入って」


いつもと様子の違う訪問者に、エルフィードの表情にも緊張が走る。


「…エル」

「大丈夫だよ」


不安そうなシャレルの肩を抱き、そっと部屋の中へ入るように促す。

そうこうしてる間に、門が開く音が聞こえた。


部屋へ入る直前、振り返ったシャレルの目には見知った顔が映った。

紺色に金糸で刺繍されたコートを羽織った、その人物は…昨日、見た顔だった。

薄暗いバルコニーで見た時と、少し印象が違うが、穏やかな表情は変わらない。


「シャレル嬢!」


淡い茶色の髪を束ねたその人物の、青い空と同じ色の瞳が柔らかく細められる。

強張っていたシャレルの顔も、それを見て少しだけ緩んだ。


「ヴェス…」


その人物…ヴェスは悪い人では無い。

昨日も泣いていた自分の話を優しく聞いてくれた。

エルフィードに危害を加えるような人では無い筈だ。


シャレルは安堵の息を漏らした。


「まさか、知り合い?」

「昨日…ね、バルコニーで少しお話した人なの」

「ああ…あの時に…」

「ヴェスは悪い人じゃないわ。だから、エルも大丈夫よ」


微笑を浮かべるシャレルとは異なり、エルフィードの表情は未だに強張ったままだった。


「…あのお方は王太子殿下だよ」


エルフィードにも、誰が訪ねて来たのか、すぐに分かった。

自分が日頃仕えている王太子なのだから。

だが、どういう理由で来たのか分からない。

王太子がこんな田舎に来る理由なんて、到底思いつかなかったのだが。


真っ先にシャレルに声をかけたヴェスアードに、エルフィードの表情は益々険しくなった。

こんな田舎にまで、わざわざ足を運んだ理由が…シャレルだとしたら…


「エル、大丈夫よ…!王太子だとしても、ヴェスは悪い人じゃないわ」

「王太子殿下のことはよく知ってるよ。とりあえず、早く出迎えに行こうか」

「…ええ」


ヴェスが王太子であるということより、シャレルにはずっとエルフィードが険しい表情をしていることの方が気になった。








二人が慌てて玄関に向かうと、そこにはハーヴェイとヴェスアードがいた。

動揺を隠せないセイムと、硬い表情ながらも、礼儀正しく応対するコートネイの傍で、ヴェスアードが微笑みを浮かべている。


こんな田舎の屋敷に王太子がいる。

しかも、その隣には何故かハーヴェイ。

それらの不自然さにエルフィードの表情も更に硬くなる。


「王太子殿下が足を運んで下さったんだ」


ハーヴェイが声高らかに告げた。

この従兄弟が関わると、嫌な予感がしてならない。


「…王太子殿下、このような田舎にご足労頂き、誠にありがとうございます」


片膝をつき、胸に片腕をあて、頭を下げる。

エルフィードはいつものように、騎士として目の前の人物に礼をした。

後から来たシャレルもエルフィードに続いて、膝を折り、頭を下げる。


「二人とも、頭を上げてくれ。今日は個人的にやって来たんだ。だから、そんな堅苦しい挨拶もいらないよ」


ヴェスアードの言葉に、エルフィードはゆっくりと頭を上げた。

穏やかな笑みを浮かべるヴェスアードの目は真っ直ぐにシャレルを捉えている。

長年仕えてきた王太子が尊敬出来る人物であることは分かっている。

だが…どういう理由でシャレルを訪ねて来たのか。

個人的に、という言葉が引っかかって仕方が無かった。


「…シャレル嬢、覚えてくれてたかな?」


頭を上げて立ち上がったシャレルに、ヴェスアードはゆっくりと近づく。


「…ええ、もちろんです。殿下」

「ヴェスだよ。堅苦しい呼び方はしないでくれ」


そうは言われても、王太子であると分かった限り、気安く「ヴェス」なんて呼ぶことは出来ない。

身分の高い人だとは思っていたが…ここまでの身分の人物とはシャレルも思っていなかった。

困った顔で曖昧に頷くシャレルの頬を、ヴェスアードがそっと撫でた。


「もう泣いてない?」

「…ええ」

「良かった」


昨日、流した涙の後をなぞるように、ヴェスアードの手の甲がシャエルの頬を滑っていく。


「殿下、昨日は失礼致しました」


ヴェスアードの手が離れると同時に、シャレルはそっと目を伏せ、頭を下げた。

王太子だとは知らなかったとは言え、随分と失礼をした。

自分の行いが、エルフィードに迷惑をかけるかもしれない。

今更ながらにシャレルは情けなくなり、頭を上げることが出来なかった。


そんなシャレルの肩に手を置き、ヴェスアードはその視線をシャレルに合わせた。


「シャレル嬢、今日は昨夜の続きを…話しに来たんだ」


穏やかに微笑みながら、ヴェスアードはコートの中に隠してあった一輪の花を取り出した。


白い一輪の花には、白いリボンが巻かれていた。



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