第9話 自立心皆無
手毬姉ちゃんが家に転がり込んでから一ヶ月半程経過したが、居酒屋バイトを一週間かそこらしただけで、あとはずっとニートで家事すらしようとしない。おまけに姉ちゃんの両親からも連絡は一切無しだよ、子も子なら親も親だよ(一家の恥を人様に押し付けて恥ずかしくないんか?)。
というわけでお姉ちゃんと本格的にお話をすることになった。どういう結論に持っていきたいのか自分でも全く分からないけど、とにもかくにも話さないことには前に進まないからな。
「まずお姉ちゃんは、就職する気はあるの? あれ以来一度も履歴書を書いてないと思うんだけど」
「履歴書を書くのってどうしても腰が重くなるんだよね、ハードルが高いというか」
「そんな言い訳が通じると思ってるの?」
そりゃ俺だってもう二度と書きたくないけど、そんなワガママ言ってる場合じゃないでしょ。だってもう一ヶ月半だよ? 絶対同じアパートの人らにバレてるし、そろそろ大家さんから怒られちまうよ。
……それでいくか、大家さんに怒られるから出ていけっていう方向で(少し寂しいけど、このままだと俺まで追い出されかねんしな)。
「だってぇ……履歴書本当にしんどいんだもぉん……」
「それは分かったけど、お姉ちゃんは大家さんに無断で住んでるんだよ? 一週間かそこらだったら見逃してくれるだろうけど、そろそろ俺まで危ういよ」
「……それはまずいね、うん、健志君まで追い出されるのはまずいね」
おやっ? もしかして分かってくれた……? そっ、そうだよな! だって手毬お姉ちゃんは二十八歳だぜ? さすがにこの状況でゴネるわけが……。
「じゃあ大家さんのところに行こうか、二人で」
「……うん?」
「無断で住むのはまずいかなって、私も思ってたんだよねぇ」
……お姉ちゃん?
「えっと、お姉ちゃんは金が貯まったら出ていくんだよね?」
「え? 出ていってほしいの?」
え? 出ていきたくないの?
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「いやいやいや、さっきの言い方は出ていってほしいと言ってるように聞こえるよ」
「ちがっ……お姉ちゃんの意思を確認したくて……」
「本当に? 私にずっと、いてほしい?」
ず、ずりぃ! そりゃ俺の言い方も少し悪かったかもしれんけど、だからって罪悪感に付け込むのはよくないと思うよ? この流れじゃ頷くしかないじゃん、これは明確な反則だって。まず口調と声色が反則だし、昔片思いしていたお姉さんってのも反則だわ(しかも昔より綺麗になってるし)。
「出ていってほしいとは思ってないよ」
「そんなこと聞いてないよ。いてほしいかどうかを聞いてるの」
くっ……若干答えをズラしても速攻で気づかれるなんて、どうやらお姉ちゃんもダテに年を食ってないらしい。
誤魔化せないとなれば、どう答えればいいんだ? 傷つけたくないし、かといって言質を取られたらめんどくさいよなぁ……。
「ねえ、なんで言葉に詰まるの? 私にいてほしくないの?」
十年ぐらい片思いしてた美女との同棲が嫌だとか、そんなわけが…………いや、でも結構気を遣うんだよなぁ……。ただでさえ洗濯面倒なのに、下着を手洗いさせられてんだもんなぁ。ほとんど自炊しないから食費もバカにならんし……(お姉ちゃんが稼いだ汚い金もほとんど溶けたし)。
「うーん……嫌いじゃないんだけど、ベッドの上でポテチ食べる人はちょっとなぁ」
「やめる! ちゃんと机の上で食べる!」
おっ? 冗談っぽく誤魔化そうと思ったんだけど、不満を解消するいいチャンスかもしれないぞ?
「靴下とかその辺に脱ぎ散らす人もちょっとなぁ」
「ちゃんと洗濯カゴに入れるよ! タオルも!」
「一口分しか残ってない飲み物を冷蔵庫に戻す人もなぁ」
「飲み切る! ちゃんとゴミ箱に捨てるし、新しいのを補充する!」
おいおいおい、これ神の時間じゃない? 読み切りの短編漫画だったらさりげなくエッチな要求をする流れだぞ、さすがにしないけど。
「ね? ね? 私かなり譲歩してるし、一緒に住めるよね? 住むデメリットゼロだよね?」
デメリットゼロかどうかはさておき、言うほど譲歩してなくね? だっていずれも当たり前のことだよ? 今までできてなかったのがおかしいだけで、まだまだ言いたいことあるよ? 髪濡れた状態で脱衣所から出てくるなとか、家主に一番風呂を譲れとか、風呂場で抜けた毛は一ヶ所に集めろ(というかせっかくゴミ箱置いてんだからその場で処理してほしい)とか、その他もろもろ改善してほしいところが山ほどあるというのに。
「だとしても仕事はしてもらわないとなぁ」
「……充電期間が終わったらバイトするよ」
「居酒屋を辞めてから結構経つと思うんだけど?」
「お金納めたんだから少しぐらい長めの休暇とってもいいじゃん」
綺麗な金を納めてから言ってほしいな、そういうことは。というか納めた額を考えると、充電期間長いんだよ。
「言っとくけどバイトは助走みたいなもんだよ?」
「じょっ、女装?」
どういう勘違いをしているかは容易に察することができるけど、文脈的に絶対違うって分かるだろ。
「いずれはどっかの会社で正社員として働いてもらわなきゃだし、バイトくらいすんなりとこなしてくれないと困るよ」
「正社員ねぇ……」
思うところがあるらしく、頬杖とためいきを同時につく。正社員という響きに嫌な思い出があるのは分かるんだけど、もう八年ぐらい経ってんでしょ? さすがに甘えすぎだって(そもそも別にハラスメント受けたわけじゃないんだし)。
「あの、姉ちゃん? そりゃ俺だって姉ちゃんと同じ状態だったら、就職を渋ると思うよ? でも最終的には避けて通れないんだしさ、割り切らないと」
「でも……私もう二十八歳だよ? 今から就職なんて……」
二十八歳だからだよ! もうギリギリなんだよ! おそらく三十路超えたら難易度が死ぬほど上がるよ!
「今ならまだ間に合うって! 工場とかって人手不足なんでしょ?」
「いや、間に合うとかじゃなくてさ……今からキャリア積み上げるのって、まあ無理でしょ?」
「うん? いや……まあ、かなり不利ではあるけど、遅くなればなるほど厳しくなると思うよ? いや、思うじゃないな、言い切れるわ」
この期に及んで何を言ってるんだろう。キャリアがどうのこうのってのは、働いてから言ってほしいもんだよ。副業したことないヤツが『でもなー、副業したら税金とか面倒だよなー』ってほざいてるようなもんだよ、稼いでから悩めっての。
「ほら、私ってその辺の人より可愛いでしょ? 芸能人と比べたら全然かもしれないけどさ」
ここで肯定したら絶対に面倒なことになる。『あっ、お姉ちゃんのこと可愛いと思ってるんだ? ふーん? じゃあ養ってよ』だの『へー? 私のこと、芸能人と比べたらブスだと思ってたんだ? ふーん? そっかー、健志君は私よりも女優さんとかが好きなんだねー』だの、どう転んでも面倒な展開になりそう。
「……何が言いたいのかな?」
「適当に働きながらイイ男と結婚して、そのまま一生専業主婦じゃん。そういう勝ち組ムーブができるはずだったんだよ、可愛いし」
自己肯定感高いなぁ、アラサーなのに。いや、別にアラサーって悪いことじゃないんだけど、普通はもうちょっと謙虚になる年齢だと思うんだよね。
「でもお姉ちゃんは適当に働くことさえしなかったし、イイ男と結婚できないまま二十八歳になったんだよ。要するに働くしかないんだよ、もう」
「…………健志君、それロジハラだよ? 私だからロジハラで済んでるけど、他の女の子だったらモラハラもセットだよ?」
「いや、それはハラスメントハラスメント……」
「聞こえない、聞こえない。傷ついたから今日はお話おしまい!」
…………次の土日、宮内家に行った方がいいかなぁ。ここいらでご両親に直談判しないと、一生寄生されかねんし。




