第4話 気の毒ではある
「いやー、お姉ちゃんったらヘッドロック……いや、チョークスリーパー? の危険性を理解してなかったみたいでー」
「そのようですね!」
「弟がいたら電気あんましてみたいとか思ってたんだけど、これも危険だよね? もしかして私って危ない子なのかなー」
「そのようですね!」
「イジメないでー」
目覚めた後に無言で顔を洗いに行き、無言で家の掃除を始める俺を見て、さすがのお姉ちゃんも焦りを覚えたようだ。事故みたいなものだから本気で怒ってるわけじゃないけど、無事にお灸を据えられたようで何よりです。
「先に言っておくけど電気あんまだけは絶対やめてよ? いくらお姉ちゃんでも殴らざるをえないから」
「姉のプロレス技に本気で反撃することなくない? 血は繋がってないけど、姉みたいなものなんだよ? プロレス技で怒っちゃダメだよ」
「俺は先ほどプロレス技で失神したんですけど」
そりゃプロレスって競技性ゆえに見せかけの技も多いんだろうけど、痛いものはとことん痛いと思うよ? 根性とか筋肉とか、受け身の技術や掛け手の技術でなんとかなってるけど、俺らはお互いに素人だからね?
「本当にごめんね……。死んじゃったかと思ったよ」
だからあんなにガチ泣きしてたのか。大人なんだから冷静に脈拍とか心臓を調べてほしいし、本当にヤバいと思ったなら救急車を呼んでほしい。今回は呼ばなくて正解だったけども。
「俺も死んだかと思ったよ」
「……嫌いになった?」
「いや、別に……」
どっちかと言えば、普段のぐうたら三昧で嫌いになりそうだよ。せめて自分の服ぐらい自分で洗濯しなよ。なんで俺にさせるの? 男として見られてないことを改めて認識しちゃったよ。
「健志君、本当に怒ってないの? 私のこと嫌いになってないの?」
「なってないよ。そんなことよりほら、履歴書と職務経歴書をコピーしたから、書ける範囲で書きなよ」
「やっぱり怒ってる! 嫌いになってる!」
なんでそうなる? あっ、履歴書書かされそうだから? 嫌いだから書かせようとしてるって思ってるの? 予防接種に連れて行かれる子供みたいな思考してんな。いや、それ以下かもしれん。
「書くのが面倒なのは分かるけど、早く書いたほうが楽だよ? 姉ちゃんの場合、面接当日の朝に慌てながら書きそうだし」
「……お姉ちゃんね、一応働いてたんだよ? 昔は」
そりゃまあ、工業高校出身だもんね。就職ぐらいできるでしょうよ。
「工場の事務員だったの、最初は」
……最初は?
「電話対応ってさ、怖くない? だって入社当初って何も知らないじゃん? 電話を取ったところで、他の人に引き継ぐだけじゃん?」
「あー……まあ俺も最初はそうだったね」
「じゃあ初めから出ないほうがよくない? お客様的にもさ」
……〝最初は〟の意味が分かってきたかもしれん。
「出なかったの? 電話」
「なるべく出ないようにしてたね」
なんのための事務員なんだよ。俺の会社じゃ、事務員じゃなくても電話対応やらされるというのに。
「そしたらやっぱりあれこれ言われるんだよねー」
「でしょうね」
「男性社員はあんま言ってこないっていうか、私の代わりに取ってくれてたね。お礼を言ったら『仕事してる感出せてありがたいよ』とか冗談言っちゃってさ、やっぱり男って生き物はいいよねー」
……ま、まあ、お礼を言えるだけ及第点なのかな? 俺的には出社するだけで及第点だよ、この人の価値ってそんなもんだと思う。
「そしたらさー……。微妙な年齢の女性社員に嫌味言われるんだよねー」
「微妙な年齢?」
「お局って歳でもないけど、若手でもない人。まあ三十半ばぐらい? ちなみに容姿は決して良くない」
容姿が決して良くないって、三十半ばは大体そうじゃない? プライベートだったらガッツリとメイクして誤魔化すかもしれんけど、会社でいちいちそんなことしてられんもんな。
「まー、やっかみだよねー」
「……そりゃ姉ちゃんは美人だから、多少のやっかみはあるだろうけど……」
「おっ? 言うねぇ、言うようになったねぇ」
めっちゃ嬉しそうやん。そういう反応されると、無性に恥ずかしくなってくるからやめて。せっかくサラリと褒めたのにさ。
「で、その……嫉妬されてるのは間違いないと思うよ、俺も。その人らを知らないからアレだけど、俺の会社でも若くて可愛い子は女性社員から嫌われてるし」
「やっぱ? そうだよねー、どこでもそうだよねー」
「でも姉ちゃんの場合は、姉ちゃん側に問題があるかと」
「えー? 健志君ひどーい」
酷いのは貴女の勤務態度だよ。今のところ電話に出ないって情報しかないけど、他にも大量に問題抱えてんだろ? 分かってるぞ。
「他に何かあった?」
「んー? なんだろ、ノルマとかないから隙を見てサボってたんだけど、あまりにも何も言われなさすぎて、サボる時間がどんどん増えちゃってー」
……会社でもぐうたらだったの? 全く家事とか育児をしないような人でも、職場では最低限やることはやるもんだよ? そりゃ多少のサボりとかは誰でもあるかもしれんけど……。
「で、ある日突然サボりについて言われるようになったんだよねー」
「……泳がされてたのかなー」
「さあ? まあそっからはそれなりに頑張ったんだけどねー、なんか女性社員とウマが合わないっていうか、定時で帰るだけで皮肉言われるんだよねー」
うーん……定時で帰ることに関しては微妙なラインだな。やる義務はないけど、ある程度は協力する姿勢が大事というか。
「気付いたら事務員から作業員になってたなー」
そんなことあるんだ……。男性社員ならありうる話かもだけど、女性社員でそのパターンあるんだ……。現場から事務ならまだワンチャンあるかもしれんけど。
「工業高校出身だからって、いきなり油とか埃とか熱気に晒されちゃ、たまったもんじゃないよねー」
「……まあ、うん」
「でもね? 事務より楽しかったかなー」
あっ、それは意外だな。いや、意外でもないのかな? ぐうたらだけど、細かい事務作業よりは現場作業の方が向いてそうだし。
「気温とか汚れを除けば良い環境だったね。女の子だからそこまでキツイ仕事はさせられないし」
「まあ、重たい物とか持たせるわけにいかないしね」
「男性社員ともわりと仲良かったよ? でもさー、しばらくしてから〝ブルーカラー女子〟とかいう噴飯物の人らが増えてきてさー」
あっ……。
「私一人の時は大丈夫だったんだけど、増えてくると問題なんだよねー。楽な作業を女性作業員が独占することになったから、男性作業員から不満が出てきてさ」
「……そりゃまあ」
「で、会社と作業員が揉めだしてさ」
「うん……」
「全体的に空気悪くなっちゃってさ、なんかバカバカしくなったというか……。まあ一年半かそこらで辞めちゃったね。ちゃんと夏のボーナス貰ってから辞めたよ」
んー……。姉ちゃんの話をどこまで真剣に聞いていいかわからんけど、ちょっと可哀想な気がするな。話半分に聞いても、会社側に結構問題があるというか。いや、勿論、手毬姉ちゃん側も相当問題あるんだろうけど。
「まぁ、気の毒だとは思う」
「でしょ!? ほらほら、そんなお姉ちゃんに言うことない? 言ってごらん」
「さっさと履歴書書きなよ」
「なんでー!?」
だって一年半ってことは、二十歳の頃に辞めたんでしょ? 貴女もう今年で二十八歳よ? いくらなんでもニート期間長すぎんだろ。




