第2話 一人の男として立派に育てたつもりです
「あっちー……エアコンもっと強くしてよー」
「服をパタパタしないでください。というか汗だくのまま床に寝っ転がるのやめてください。っていうかクッションに汗をつけないでくれますか? そのクッション、手洗いしなきゃいけないから面倒なんですよ」
「……また何もしてないのに怒られた」
唇を尖らせて可愛らしく拗ねてらっしゃるけど、罪状が重すぎて可愛げよりも疲労感がくるよ。ここで怒りが湧かない辺り、俺も甘いよなぁ。一週間かそこらでここまで図々しくなったんだから、もう少し怒ってやるべきなんだろうけど。
「ほら、汗を拭くんで体を起こしてください」
「っ!? す、スケベだなぁ! チミはぁ!」
元ネタが分からんけど、なんとなく古い気がする。いや、んなこたどうでもいい。
「フローリングですよ! なんで貴女の体を拭かなきゃいけないんですか」
仕事と家事で疲れてんのに、なんで介護までせにゃならんのだ。もしやるなら徹底的にやらせてもらうぞ、ちくしょう。
「あ、ああ……びっくりしたぁ……」
「まったく……フローリングは濡らしちゃダメなのに」
あー、よかった、まだ間に合うレベルっぽい。
「健志君」
「なんでしょうか? 言いたいことと、その不機嫌そうなツラは関係してます?」
「してるよ。せっかく実家を出たのに、お母さんみたいなことばっかり言われたら、さしもの私も不機嫌にもなるよ」
俺だって言いたくないんですよ。貴女のくつろぎ方は、半年以上同棲してる人のくつろぎ方なんですよ。いや、くつろぎ方という表現もおこがましい。ダラけ方だよ。
「じゃあ早くここを出る準備してくださいよ」
「………………え? 引っ越すの?」
「うん?」
あれ、俺今変なこと言ったかな? 何故か噛み合わなかったんだけど。
「手毬お姉ちゃんって、実家に帰るの? それともアパート借りるの?」
「実家からはほぼ出禁だし、収入ないからアパートも厳しいかな」
「……ハローワークは?」
「この地域のハローワークは土日開いてないよ?」
……月曜日から金曜日まで貴女フリーでしたよね? そりゃまあ月曜日は、まだ分かるよ? 彼氏さんから追い出されたばっかりで傷心してたもんね、自業自得とはいえショックだもんね。でもさ、普通は金曜日までに復活するでしょ。そりゃ完全に傷は癒えないだろうけど、数年間会ってない知人の家に転がり込んでるんだから、多少は無理してでも出ていこうとするんじゃないかな。
「あのねぇ、お姉ちゃんは今、大家さんに無許可で泊まってるんだよ」
「友達泊めるぐらいで許可いる?」
「……一泊、二泊ぐらいならいらないだろうけど、長期間はトラブルの元だよ」
「バレない、バレない。っていうか許可貰えばいい話じゃん。明日、管理センターに行ってきてあげるよ」
管理センターに行く行動力があるなら、是非ハロワに行ってくれ。楽するためなら苦労は惜しまないってか? 大人の鑑だね、さすが年上。
「そもそもお姉ちゃんは、どうやって玄関まで来たの? オートロックなのに、よく正面玄関を通れたね。っていうか、なんで俺の家知ってたの?」
ここで『なんで俺を選んだの?』と聞かない辺り、俺も女々しいよな。『都合の良い男だから』とか『男として見てないから』とか、そういうことを言われたくないってことだもん。もー、幻滅するようなとこばっかり見せられてるのに、未だに恋心を捨てきれない俺がいる。振り回されている現状を嬉しく思っている自分がいる。チョロいよなぁ、俺。
「健志君のお母さんに家とキーコードを教えてもらったんだよ」
母さん? 個人情報保護法って知ってる? 教えるにしたって、そのことを俺に報告しろよ、事後報告でいいからさ。っていうか母さん、お姉ちゃんが俺の家に泊まってること知ってんの? 二十二年間恋人作れなかった男の家に、女を送り込んでいいと思ってんの? 息子を信じてくれてるのかな? それとも浅慮なのかな? ……後者か……。
「……母さんは何か言ってた?」
「『あの子でよければ好きに使ってあげてちょうだい。困ってる女の子を見捨てるような男に育てたつもりはないから』とか、そんな感じのこと言ってたかな」
……言いそー、めっちゃ言いそー。
母さんも敵かぁ。でも心の何処かでグッドサイン送ってる俺がいるよ、情けない。




