21話 先輩たちのコンビネーション
学院を出発してから約一時間半。
時刻は九時を周ろうとしていた。
目的地に到着した私たち。春香さんに見送られながら、臼井先輩、反町先輩、私はヘリから降りる。
私達は鹿児島県にある、とある高層ビルの屋上にいた。
眼下に広がる街には、ぽつぽつと灯る明かりが散らばり、まるで地上に広がる星空のように美しい。だが、その静かな夜景を切り裂くように――。
「きしゃあああああああッ!!」
夜の海の底から、背筋を凍らせるような、おどろおどろしい叫び声が響き渡る。
「へりの音を嗅ぎつけて、やってきたみたいだね」
「ん。急いで対処すべき。神崎さん準備はいい?」
「は、はい!」
私たちはビルの縁に並んで立つ。
眼下までの高さは、およそ六十メートル。
普通の人間なら、飛び降りるなど自殺行為に等しい高さだ。けれど、三つ葉女学院のローファーには特殊な衝撃吸収素材が使われている。
例え、何百、何千メートルから飛び降りようとも、着地時のかかる負荷を限りなくゼロに近づけてくれる代物だ。
もっとも、安全なのは“足から着地した場合のみ”。体勢を崩せば、その瞬間にお陀仏だ。
一年生は、入学してすぐに校舎から飛び降りる訓練を受けた。
常軌を逸した内容に、誰もが恐怖で足をすくませたが、朝倉先生から『ここから飛び終わるまで帰らせないから』と鬼畜発言。
しかも、飛ばなかったら飛ばなかったで、一定時間で鞭でしばかれる始末。
皆、朝倉先生の鬼さに耐えかねて、意を決して次々と飛び降りていった。
私は「どうか生き残れますように」と、必死に神へ祈りを捧げながら飛び降り――
結果として、何事もなく着地できた私。
しかも全くと言っていいほど、衝撃が足に伝わることがなかったため、思いの外、あっけなかった。
その事実と直面した瞬間、私の中の恐怖心が薄れていった。
そこから、何度も、何度も、飛び降りている間に、飛び降りることへの恐怖感や抵抗感は皆無に。
この訓練のお陰で一年生全員が、平然と飛び降りられるようになり、中には授業後に命綱なしの“バンジーごっこ”を楽しむ者もいた。
百メートル以上ある校舎の高さから飛び降りる訓練をしていたので、それに比べたらたった数十メートルのビルから飛び降りることなんて、造作もない。
「せーの!」
反町先輩の合図とともに私たちは夜の海へと身を躍らせた。
*
私たちが高層ビルから着地すると、少し離れた曲がり角の向こうから、耳を割くような奇声が響いた。
「きしゃああああああ!!」
現れたのは、白いウサギの着ぐるみ。
丸みを帯びた輪郭に、無垢を装うような愛らしい顔。
どこかの遊園地のマスコットキャラクターを彷彿とさせる外見――しかし両手に握られた二本のナイフによって、完全に異質なものへと変貌を遂げていた。
「きしゃしゃしゃしゃ!」
ウサギは狂気じみた嗤い声を漏らしながら、ナイフを目の前でクロスさせる。
鋭い刃先からは、隠そうともしない殺意が滲み出ていた。
その光景を目にした瞬間、心臓を鷲掴みにされたような感覚が走る。
私は恐怖から喉が張りつき、思わず立ち竦んでしまう。
「安心して、神崎さん。私たちが指一本触れさせないから」
反町先輩は勝ち機に溢れるような覇気ある口調でそう言いながら、右肩にそっと手を置く。
「ん。神崎さんは、私たちの勇姿を見てればいい」
臼井先輩も反町先輩同様、芯のある口調で言いながら、私の左肩に手を重ねた。
二人の手には微かな震えすらない。
堂々として、頼もしく、揺るがない強さがそこにあった。
その温もりに触れた瞬間、胸を侵食していた恐怖が、ゆっくりとほどけていく感覚に陥る。
先輩たちは、私を守るように一歩前へ出て、鏡写しのように腰から刀を抜く。
二振りの刀もまた、地上に広がる星屑に加わったように夜闇に浮かび上がる。
「きしゃ!」
先輩たちが構えを取るや否や、ゴーストは地を蹴った。
「行くよ。はーちゃん!」
「ん!」
そして、反町先輩と臼井先輩もゴーストに向かって駆けだした。
瞬く間に間合いが消えていき――
「しゃっ!」
ゴーストはクロスさせていた二本のナイフを左右に薙う。
凶刃が空気を裂き、不気味なうねりを上げた。
先輩たちはその攻撃に対し、二者二様に対処する。
反町先輩は、火花を散らしながらナイフを受け止め、臼井先輩は、ゴーストが薙ぐよりも早く跳躍し、ウサギの着ぐるみを越えて、背後へと着地。
ゴーストは二人に挟まれる形になり、戦況は先輩たちに傾く。
ゴーストは背後を取った臼井先輩に気を取られ、前方に反町先輩が居るのを無視して、腰? を捻る。
二本のナイフを重ねるようにして、渾身の一撃を臼井先輩に畳みかける。
「きしゃ!」
臼井先輩は冷静に軌道を見極め、綺麗に受け流した。受け流されたゴーストは体勢を崩す。
反町先輩は臼井先輩が作った隙を逃すことなく、振り下ろす。
振り下ろした刃は、ゴーストの命の源――コアを両断した。
「き、きしゃ……あ、あ……」
コアを壊されたゴーストは小さな断末魔を上げ――やがて、ウサギの着ぐるみはその場に崩れ落ちた。
くしゃくしゃに折れ曲がった胴体の上に、ウサギの顔だけがぽつりと乗っている。
先ほどまで狂気を振りまいていたその姿は、もはやただの抜け殻でしかなかった。
ゴーストと遭遇してたった一分も経たないうちに、ゴーストは二人にあっけなく敗北した。
二人は予め作戦でも立てていたかのように、阿吽の呼吸でゴーストを対処し、見事なコンビネーションで、ゴーストを打ち破った。
まるで、芸術を見ているかのような美しさだった。
「ねえねえ、どうだった、どうだった? 私達かっこよかった?」
ゴーストを討伐した反町先輩は、弾むような足取りでこちらへ駆け寄り、戦いの感想を求めてきた。
「はい! 凄くかっこよかったです!」
それはお世辞でも気遣いでもない。
ほんの一分にも満たない戦いだったはずなのに、二人の連携は見惚れてしまうほど鮮やかだった。
まるで長年磨き上げてきた演目を披露する舞台役者のように、互いの動きを理解し合い、一切の無駄なく敵を追い詰めていく。
その姿は戦いというより、一つの芸術を見ているようだった。
「……そっかそっか、カッコよかったか~」
反町先輩は満足そうに頬を緩める。けれど、その表情が一瞬だけ強張ったようにも見えた。
――何か引っかかるものでもあったのだろうか?
そう思ったものの、次の瞬間にはいつもの笑顔に戻っていたため、気のせいだったのだろうと考えることにした。
「ん。神崎さんけがはない?」
少し遅れて歩いてきた臼井先輩が、真っ先に私の無事を確かめる。
つい先ほどまでゴーストと刃を交えていたとは思えないほど、その声音は落ち着いていた。
「あ、はい! 先輩たちのお陰で大丈夫でした!」
「ん。それはよかった」
臼井先輩は小さく頷き、わずかに表情を和らげた。
「さてさて~もうひと踏ん張りと行きますか! 神崎さんにもっと私たちのかっこよさを目に焼き付けてもらわないと!」
反町先輩はそう言って頬をぱんぱんと叩き、自らを鼓舞する。
「ん。私もがんばる」
臼井先輩は反町先輩の気合の入れように感化されたのか、ぐっと小さく握り拳を作って静かに気合を入れる。
先ほどの戦いだけでも十分すぎるほど格好よかったのだ。
あれ以上の活躍を見せられたら、きっと私はますます二人に目を奪われてしまうだろうと思いながら、私たちは次なるゴーストへの出現地へと向かった。
*
位置情報に従い次なるゴーストを追跡していた私たちは、最初のゴーストの戦いの場所から三十分ほど歩き――
「ん。このショッピングモールに二体のゴーストがいる」
臼井先輩が足を止める。
目の前には大型のショッピングモールがそびえていた。エントランスには休館日を知らせる看板が立てられている。
休館日だからか、照明は最低限で館内は薄っすら闇に包まれていた。
「開かないかあ」
休館日なので当然と言えば当然だが、扉は開かず、反町先輩の落胆の声が響く。
私は、端末から『学生証』アプリを起動して、タブにある、『鍵』をタップする。
すると、充電部分の真反対から、”角”という名の鍵が生えてきた。
この鍵は”オールマスターキー”と言って、これ一つであらゆる全ての建物の施錠を解除できてしまう。
文字通り、万能キーとなっている。
「私も少しながらお手伝いをします」
「おー! 気が利くねえ。ありがとう」
「ん。ありがとう神崎さん」
二人の感謝を受け取り、私は鍵穴に鍵を突きさし、反時計回りに回すとがちゃっと音が立つ。
「どうぞ、先輩たち」
私は取っ手を引いて、扉を開けて先輩たち二人を先に入館させる。
二人は感謝を述べながら、開けられた扉に体を通す。二人の後に続き私も入館。
中は静けさが染みわたり、私たちの足音のみが響く。この広大なショッピングモールからゴーストを探し出すのは骨が折れそう……と思っていたら――
「「きしゃああああああああああ!!」」
黒板に爪を立てたような鳥肌の立つ声と共に、上空から二体のマネキンが、どん、どん、と地面に衝撃を与えながら落下してきた。
頭のない二体のマネキンは人間の如くしなやかな動きでゆっくりと立ち上がると、片手に持つ包丁を私たちに見せつけるようにして前に突き出す。
先程のウサギのゴーストと対峙した出来事があったので、私は足が竦むことはなくなっていた。
再び反町先輩と臼井先輩は私の盾になるように互いに肩を寄り寄せ合って刀を構える。
「「きしゃあああああ!!!」」
二体のゴーストは、気性荒い雄叫びと共に駆け出す。
中々のスピードではあるが、目で追えない程ではない。
間合いに入ると、二体のゴーストはそれぞれ別のターゲットに向かって乱雑に包丁を振るう。
カーン!!
ゴーストたちの無作為に振るわれた刃はどちらも相手を傷つけるに至らず、反町先輩、臼井先輩の持つ刀に阻まれてしまう。
「「はあああああ!!」」
次はこちらの番と言わんばかりに臼井先輩と反町先輩は咆哮を発しながら、両者とも受け止めた刃を押し返した。
ゴーストは押し返された反動で、体が後ろに大きくのけ反りバランスを崩してしまう。
致命的な隙を晒したゴーストたちに追い打ちをかけるため先輩たちは、上へにと押し上げた状態――万歳からそのまま刀を振り下ろす動作に鏡合わせで移行した。
――決まった!
そう確信した私。
「「ぎしし!」」
まるで私の確信を浅はかだとでも言いたげな嘲笑いを浮かべるゴーストたち。
彼らは、包丁を持たない反対の手を少し横に伸ばし、疑似的な合掌を作ると、曲げていた肘を思いっきり真っ直ぐに伸ばして、互いを真横に吹き飛ばした。
ひゅんっ!
先輩たちの刃を危機一髪で回避して退けたゴーストたちは、横に滑空する体を、まるで体操選手のように、捻ったり、回転させたりして、軌道修正を施し、壁に綺麗な着地を決めた。
そして、そのまま壁を蹴って、反撃へと転じる。
同タイミングで先輩たちも各々照準したゴーストに向かって駆けて迎撃する。
そこから、戦闘は苛烈さを増し、途切れることのない金属音が館内のBGMとして役割を果たす。
傍から見たら両者拮抗状態と思われるも、時折、「ぎしゃっ!?」とか、「ぎゃっ!?」などの悲痛な声がゴーストから漏れており、それがBGMの調和を乱していた。
時間が経つにつれ先輩たちの動きは洗練されていき、刃がマネキンに必中する数が増えていく。
気づけば、金属音よりもゴーストの悲鳴が多くなり――
盤面は最終局面へ。
「「きしゃああ!」」
もう何度見た光景か、ゴーストが悲痛と共に壁に叩きつけられる。ただ、さっきと違うのは、ゴーストは攻撃を仕掛けることをしなかったことだ。
「き、きしゃ、きしゃ」
「きしゃ、きしゃ! きしゃきしゃ」
まるで許してくださいと言わんばかりに、熱烈な命乞いをするゴーストたち。
この戦いで先輩たちの強さを身をもって体感し、自分達では及ばないと判断したのか、もう戦意は喪失していた。
コツン!
先輩たちはゴースト二体の前で立ち止まる。それを合図にゴーストたちの鳴き声も止む。
あの激しい戦闘が嘘のように今は静寂に満ち溢れていた。
あれほど狂喜乱舞していたゴーストも、この静寂さに飲み込まれてか、何も発することなく、黙って審判の時を待っていた。
私とゴーストたちが固唾を飲む中、ついに審判が下された。
ヒュン!
振るわれた二刀は同じ音が同時に重なった。
下された審判は無慈悲な一太刀。
「「きしゃあ……ああ」」
ゴーストたちはどうして? と言わんばかりの哀愁に満ちた微かな断末魔を上げながら、姿を無数の小さな粒子に変えて、天へと召されていった。
どさどさっと二体のマネキンは地にひれ伏し、それが先輩たちが勝者である確固たる証拠だった。
「どう? どう? 神崎さん。私達かっこよかった?」
倒れたマネキンに一瞥することなく、反町先輩はいち早く私の元へと駆けつけ、おもちゃを買ってもらった子供のようなキラキラした瞳でこちらを覗き込みながら、戦いに臨んだ自分たちの勇姿について再び感想を聞いてくる。
「はい! それはもう、凄くかっこよかったです!」
私は先輩たちの凄さをもっと表現したいのだが、悲しいかな。語彙力があまり無いため、凄いとしか表現できない
「やっぱり……だめか……」
「?」
「ううん、何でもない! よかったよかった、先輩のカッコいい姿を見せれて」
反町先輩はぼそぼそと何かを言っていたが、私は何一つ聞き取ることが出来なかった。
疑問符を浮かべる私に反町先輩は、今の言葉を誤魔化すように「何でもない」と言うと、私にカッコいい戦う姿を見せれて安堵する。
「ん。学院に任務達成の報告を入れたから、春香さんのヘリで帰還する」
「りょうかーい」
「はい、分かりました!」
臼井先輩の言葉に私と反町先輩は頷くと、私たちは学院に戻るために、春香さんのヘリに向かうのであった。
張り切りすぎました。




