20話 抱える荷物を三人で
「す、凄い……」
「あはは。凄いよねえ、ここ。いつ来ても圧倒されるというか」
「ん。渚に同感。初めての任務から一年経ったけど、未だにこの圧倒感はぬぐい切れない」
私たちの目の前に広がっていたのは、無数のヘリコプターが整然と並ぶ壮観な景色だった。
ここは訓練所のさらに奥――任務用の発着場。
等間隔に並べられた機体は、地平線の彼方まで続いているように見える。
任務以外では立ち入ることのない場所だからこそ、初めて足を踏み入れた私は、そのあまりの規模にただ息を呑むしかなかった。
一年経験を積んだ先輩たちですら圧倒されるのだから、この感覚はきっと、これから先も薄れないのだろう。
そんなことを考えながら、私たち三人は広大な発着場を歩いていく。
どこまで進んでも視界に映るのはヘリコプターばかり。変わり映えのしない景色が延々と続き、まるで出口のない迷路を歩いているような感覚だった。
やがて三百メートルほど進んだところで――
「ん。ここ……」
臼井先輩は立ち止まり、一つのヘリに視線を向ける。そのへりには”JA7132"の文字が記されていた。
作戦会議後に端末へ送られてきた機体番号と一致している。どうやらこれが、今回私たちを現地へ運ぶ機体らしい。
操縦士側にも事前に私たちの情報は共有されているようで、顔写真まで送られているとのこと。
「あ、春香さんだ!」
「お知り合いなんですか?」
「うん。一年の頃から何かと任務が一緒になることが多くてね。今日で六回目くらいかな?」
反町先輩の口ぶりからして相当に親しい間柄だと伺える。
その証左に向こうも、私たちの姿に気が付くと、操縦席からぶんぶんと手を振っていた。
私たちは開いた扉から機内へ乗り込む。
「いや~、ほんと渚ちゃんと葉月ちゃんとは縁があるねぇ」
「あはは。本当ですよね」
「ん。ここまで重なると、さすがに凄い確率……」
六度目となる顔合わせに、三人は揃って苦笑を漏らした。
「さてさて、二人は顔見知りだけど、今日は新顔ちゃんがいるし、ちゃんと自己紹介しておこうかな」
そう言って、操縦士の女性――春香さんは私へ軽く会釈する。
「初めまして。東雲春香です。気軽に春香って呼んでね。今日はよろしく!」
はきはきとした明るい口調で、春香さんは笑顔を向けてくれた。
「は、はい! 一年Aクラスの神崎光です。本日はよろしくお願いします!」
緊張で少し声を上擦らせながらも、なんとか自己紹介を返す。
すると春香さんは、私から視線を外し、反町先輩と臼井先輩を見てしみじみと笑った。
「それにしても、二人ももう先輩かぁ……。なんだか感慨深いなぁ。時の流れって早――っと、浸ってる場合じゃないね!」
ぱん、と軽く手を打って気持ちを切り替えると、春香さんは操縦席へ向き直る。
「三人とも、準備はいい?」
「「「はい!」」」
私たちの返事が重なる。
直後、低く重たいエンジン音が機内へ響き渡った。
ボォォ……という唸るような音と共に、プロペラがゆっくり回転を始める。
ぱたぱたぱた、と羽音が徐々に勢いを増し、それに合わせるように機内全体が細かく震え始めた。
「……」
私は緊張した面持ちで、離陸の瞬間を待っていた。
中学の修学旅行で初めて飛行機に乗った時のことを思い出す。離陸時の、身体がふわりと浮く感覚。まるで足場を失い、生き死にの狭間へ放り出されるようなあの感覚が、どうしても苦手だった。
あの時は肘掛けを必死に掴んで耐えていたけれど、ヘリにはそんな“心の拠り所”すらない。
不安、恐怖、緊張。
ぐるぐると渦巻く感情を、私は必死に押し殺していた。
――でも、口に出すわけにはいかない。
今日の任務で本当に危険な場所へ向かうのは先輩たちだ。
私はただの見学者で、二人より遥かに安全な立場にいる。そんな私が、離陸前から怯えているなんて、情けなさすぎる。
それに何より――。
高校生にもなって乗り物が怖いなんていう、子供っぽい姿を先輩たち二人に晒すのは恥ずかし過ぎるということだ。
――大丈夫だよ、私。先輩たち二人の方がよっぽど怖いんだから。先輩たちに比べたら些細なことだよ! だから、無視、無視、無視!
そんな風に自分を奮い立たせていると、不意に反町先輩がこちらを覗き込んできた。
「もしかして、神崎さん。ヘリ乗るの怖い?」
「そ、そそ、そんなことないですよ!? 全然平気です! 子どもじゃないんですから!」
あまりにも図星すぎて、思わず言葉がもつれてしまう。
「ほら、手握っててあげる」
反町先輩が私の右手へ伸ばしかけたその瞬間、私は慌てて首を振った。
「だ、大丈夫ですから! 高校生にもなって乗り物が怖いなんてあるわけ――」
「うん? でも顔に書いてあるよ? “怖い”って」
「え?」
私は咄嗟に自分の顔を触る。その行為が運の尽きだった。反町先輩はひっかかったと言わんばかりににやりと笑う。
「んふふ。ほんとに書いてあると思ったの? かわいい~」
「そ、反町先輩っ!」
私はいたずらに成功した子供のような反町先輩に怒りが湧き、同時に、その子供だましの単純ないたずらに引っ掛かってしまったことによる羞恥心が相まって、それらの激情を吐き出すように言葉に上乗せさせる。
「ごめんごめん。でも、触ったってことは、やっぱり怖いんだよね?」
「うっ……」
図星だった。
けれど、その不安を二人へ伝えることで、余計な緊張を与えたくなかった。
「ち、違いますよ? 私は怖くなんか――」
「えいっ」
言い訳を並べる私を目もくれず、反町先輩は私の右手を掴み取った。
言い訳ばかりに意識を割いてしまい、完全に油断した私は、瞬時に反応は出来たものの、脳からの指令を受け取る前に捕まってしまった。
反町先輩が私の右手を掴んだ瞬間に、意識外から私の左手に生暖かい感触が伝わった。
「ん。私も握っててあげる」
「臼井先輩まで、反町先輩の悪ノリに乗らなくても……」
「ん。悪ノリ? 違う。渚との会話で神崎さんの心情を把握したから手を握ってる。だって怖いんでしょ? ごめんね気づかなくて。私、そういう人の心を読むのが苦手だから」
「気づくも何も何度も言っているように私は怖くないです。だから、そんな申し訳なさそうにしないでください。本当に大丈夫ですから」
否定しても、二人は手を離さない。むしろ何かを確信しているように、顔を見合わせて微笑んでいた。
「神崎さんって、本当に無自覚だよねぇ」
「え?」
「ほら」
反町先輩は下方向に視線を流し、それにつられ私もその流れに従い視線を泳がしていく。
私と反町先輩の繋ぐ手と手。
一見すると繋いでいるように見えるも、それは偽りで、私が離したくないと言わんばかりに強い力で反町先輩の手を握り、反町先輩は一切の力を入れていないのに、私の握力が強くて、意思とは関係なく指は折れ曲がり、私の手を握らされている構図に。
「――っ、こ、これは違くて!」
「何が違うのかにゃ~?」
「ん。正直に言った方が楽だよ? 神崎さん、ヘリ怖いんでしょ?」
二人に言い詰め寄られ、私は言い逃れが出来ないことを悟る。
現に私が強く握っているのを体感している二人だ。もう誤魔化したところで意味はない。
私は小さく息を吐いて、観念する。
「……そう、です。飛行機の離陸の浮遊感が苦手で……。ヘリでも同じ感じになるのかなって考えたら、怖くなっちゃって」
「もう、それなら言ってくれればいいのに~」
「だって、恥ずかしいですし、何より……」
「何より?」
臼井先輩が続きを促す。
「怖いとか不安とかこれからゴーストと戦う先輩たちに、伝染させて、もしものことがあったら嫌だったので……頑張ってそれらの感情を消化しようと奮闘したのですけど、その前に、反町先輩に悟られてしまいました」
私の赤裸々の白状に、反町先輩はいつものおちゃらけたような笑顔ではなく、穏やかな笑顔を私に見せた。
「ありがとね、私たちのことを想ってくれて。けど、私たちは大丈夫だから。なんせ私たちは先輩だからね。逆に神崎さんは気を遣わず先輩に頼ってよ。些細な事でも、ね?」
「ん。大船に乗ったつもりでどんどん頼って。私達は神崎さんが思っているよりやわじゃない。それに、今日はチームメンバー。神崎さんが多くの不安を抱えているなら、その不安の荷物を他のメンバーと分かち合う。それがチームというもの。渚の言った通り、どんなことでも頼って」
「先輩方……」
二人の真っ直ぐな言葉に、胸の奥がじんわり熱くなる。
「ほら、ちゃんと言ってごらん? どうしてほしいのか」
促され、私は恥ずかしさを堪えながら、小さな声で口を開いた。
「は、はい。えっと、反町先輩、臼井先輩。こ、怖いので、その、手を握ってくれ、ませんか?」
改めて言葉にするのが恥ずかしくて、むず痒くて、声のボリュームが小さくなってしまった。
けど二人はそんなことを気にせずに、
「はーい!」
「ん。わかった」
二人は優しく返事をして、私の手をぎゅっと握ってくれる。その温もりに包まれたまま、ヘリはゆっくりと――離陸した。
二人が手を握ってくれたお陰もあって、苦手な浮遊感は恐怖を感じることなく、意外にもあっけなく終了。
「……ありがとうございます。お二人のおかげで、大丈夫でした」
「おお~、それはよかった。後輩を安心させられて先輩冥利に尽きるよ」
「ん。よかった」
難所だった離陸時の浮遊感が去って一安心した私は、先輩たちに感謝を述べる。離陸後は騒音が凄いだけで、そこまで脅威ではない。
「お二人共すみません。もう大丈夫なので手を離してもらって結構ですよ」
ずっと握ってもらう申し訳ないのもあるが、何より恥ずかしい。
「えー。私はこのまま三人で繋いでいたい」
反町先輩は足をばたばたさせ、子供のように駄々をごねる。反町先輩からの頼み事なら、まあ、このままでもいいなと思う。
私が恥ずかしいのは、手を繋ぐことではなくて、私のために手を繋いでもらっていることだから。
「ま、まあ、反町先輩がそういうなら、私はこのままでも……」
「はーちゃんは?」
「ん。別にどっちでもいい」
「じゃあ決まりね!」
こうして私たちは、鹿児島へ向かう長い空の旅を、三人で手を繋いだまま過ごすことになったのだった。




