1話 踏み出す一歩
「ここが私立三つ葉女学院……」
正面にそびえ立つ西洋の造りを模した威風堂々の真っ白な城を見つめながら、私は呟く。
私が今日から通うココ、私立三つ葉女学院は、東京都練馬区に位置する軍事施設である。
敷地面積は、区の約六割を占めており、その広大さは想像を絶する。
敷地内には、訓練所、研究所、高級ホテルのような寮、超巨大なショッピングモールなどなど、数えだしたらきりがない程の多種多様な施設が点在しており、もはや一つの街がこの施設内で完成されている。
軍事施設だが、一般的な教育機関と同じように教養を身に着ける校舎が存在する。
それが、今、私の目の前にある大きなお城。これが学び舎としての機能を果たしている。
何一つ不自由がない、まさに天国と呼ぶにふさわしい場所だが、そのすぐ裏側には、いたいけな少女たちを今か今かと地獄へと引きづりこもうとする魔の手――いや、”ゴースト”の手が潜んでいる。
”ゴースト”
日本語で”幽霊”と呼ばれるそれは、今まで脳が見せる幻覚、というのが一般的な理解だった。
――けれど
それは十七年前のある事件をきっかけに、その常識は覆され、十七年経った今やゴーストという存在は、日本にとって無視できない災厄な存在として、頭角を現していた。
そのきっかけとなった事件の名は……
”港区通り魔無差別殺傷事件”
事件の概要としては、午後八時頃、東京都港区にて、全身を金属鎧で覆った甲冑騎士が刃物で無差別に人を斬りつける事案が発生。
通報者からの一報を受けた警察官五人はすぐに現場へと出動。
現場に到着した警察官は、拳銃を取り出し、刃物を下ろすように促すも、甲冑騎士は聞く耳持たず、それどころか、警官五人に特攻した。
咄嗟の判断で警察官の何人かは拳銃を発砲するも、金属鎧を纏った甲冑騎士に傷一つ付けられなかった。
ここから事件は壮絶さを極めた。
警察本部にも連絡が行き届き、迅速に特殊部隊を編成。
延べ五十人以上が現場へと召集され、甲冑騎士VS警察たちの熱き戦いが繰り広げられた。
その戦いの光景はテレビやSNSの配信サイトで映し出され、配信サイトのコメント欄では警官たちのエールで埋め尽くされた。
銃撃と剣戟の乱舞が飛び交い、事件開始から八時間――時刻は午前四時。
甲冑騎士は剣を振りおろす寸前、突然として動きを静止。
そこから、人間の形を保っていた甲冑騎士は、頭、腕、脚、胴体がバラバラとなって地面へと崩れ落ちた。
これが戦いの終了の音となり、なんとか警察側の勝利で幕は閉じた。
この事件での被害者数は、死亡者数と負傷者数、合わせて十三人に上り、そのうち十人は死亡と言う、なんともいたましい結果となってしまった。
――そこから一週間。
この事件について、政府は異例とも呼べる緊急記者会見を開いた。
登壇したのは、関係省庁の人間ではなく、内閣総理大臣、その人だった。
総理大臣が説明責任を果たす事実に、世間は衝撃を受けるも、それは序章に過ぎず、それ以上の衝撃が総理大臣の言葉により世間を襲うこととなった。
会見の概要を、かいつまんで説明すると、最初は甲冑騎士の内部が完全な空洞だったため遠隔操作の線で捜査が進められた。
けれど、鎧の内部及び外部からは、通信機器や制御装置といった類の痕跡は一切なく遠隔の線は消えた。
遠隔の線が消えたことで捜査は難航するかと思いきや、意外にも早く進展することなった。
そのきっかけだったのは、当時の事件をテレビやSNSで流した際の投稿されたコメント。
多くが応援コメントの中、一部だけ意味深なコメントが混じっていた。
その内容とは――”甲冑騎士からテルテル坊主をした形の存在が出て来て、そのまま姿を消した”とのこと。
そのコメントを頼りに、政府は外部の研究機関に助力を乞い、警察との共同で数々の検証と調査を行った結果、人為的犯行では不可能という結論に至った。
その結論を基に政府が出した結論――物理的実態を持たず、物質に干渉できてしまう存在、すなわち。
幽霊の仕業であると。
さらに、調査で分かったことがあり、ゴーストを視認できるのは女性に限られるということだった。
政府が発表した内容のあまりの突飛さにSNS上では、『非科学的だ』『意味が分からない』『そんなオカルト話、誰が信じるか』など、罵詈雑言の嵐だった。
――しかし。
その空気は長くは続かなかった。
発端となった港区通り魔事件を皮切りに、全国各地で同様の事件が次々と発生し始める。
被害のいずれもが、人間による直接的な犯行では説明がつかず、“物質を介した異常な攻撃”によるものだった。
そして、現場には決まってテルテル坊主の姿が発見されていた。
やがて人々は理解する。
あの記者会見での発表は荒唐無稽ではなく、事実なんだと。
罵詈雑言は静まり、代わりに世間に恐怖がまとわりつく。
もはや、誰一人として、ゴーストの存在を信じて疑う者はいなくなっていた。
通り魔事件から月日が経ち、日本はゴーストに日々を脅かされていた。
人知を超えた存在に対抗すべく、政府は特別対策チームを編成し、対抗手段の確立に全力を注いだ。
――そして
一年余りの歳月の末――ついに人類はゴーストに対抗する”力”を手に入れた。
その成果により、拡大の一途を辿っていた被害は徐々に抑えられ、日本に、微かながらも希望の光が差し込み始める。
その希望に一躍担っているのが、私がこれから通う私立三つ葉女学院に所属する少女たち。
その少女たちが日夜、命を懸けてゴーストを討伐してくれるお陰で、この国は完全な絶望に覆われずに済んでいる。
人々にとって彼女たちはまさに希望をそのもの。
いつしか、世間は彼女たちのことをこう呼ぶようになった。
――『ゴーストバスターズ』と。
「私も近いうちにゴーストとの戦いに身を投じるんだよね……もしかしたらここが私の墓場に……ブルッ」
死が頭をよぎった私は、背中に急激な悪寒が迸り、肩を激しく震わせた。
身の毛がよだつような恐怖が、重しとなって私の背中にのしかかる。
恐怖心を緩和させるための防衛本能が働いたのか、私は無意識に右手で、制服の左胸――三つ葉のクローバの刺繍が施されたポケットを、ぎゅっと掴み、瞼を閉じた。
ドク、ドク、ドク、ドク――。
視界がシャットダウンされたことで、意識が心臓の鼓動に集中。
一定のリズムを刻む鼓動を耳に響かせながら、私は、深呼吸を繰り返す。
春の空気は温かく、しかしその底にはまだ冬の名残が潜んでいた。
そのひんやりとした感触が肺を伝って、身体を循環する血液へと染みわたると、恐怖の熱はゆっくりと冷まされていった。
「……はあ」
最後の一呼吸を機に、閉じていた瞼をゆっくりと開ける。
先ほどまで絡みついていた恐怖は、すでに輪郭を失い、どこか遠くへと退いていた。
「よし、行こう!」
もう私の声色には恐れや不安の色は見えない。
そこにあるのは今日から始まる新たな生活への期待とわくわくだけの温かな色だけだった。
私が三つ葉女学院の正門を潜る一歩を踏み出すと、春風に揺られた桜並木がさわさわと心地よい音色を奏でる。
その音色に合わせ、鮮やかなピンクの衣装を纏った花びらたちは、陽光という名のスポットライトを浴びて、華麗な舞を私に披露する。
まるで、ようこそと言わんばかりの歓迎の祝福は、これから先、私の前に立ちはだかるであろう困難の壁を乗り越えさせてくれる希望に満ち溢れ、私の未来を明るく照らしてくれる気がして、私は自然と頬を緩ませるのであった。
*
――と、ふくらんだ期待を胸に門を潜り抜けた私だったが。
「そうだった、入場八時からだった……」
自身のドジさ加減の呆れ具合に、せっかく膨らませた期待は盛大なため息により尻すぼんでしまう。
入学式は私の目の前にある赤茶を基調としたバロック調の建物――講堂で行われる。
私は入学式が開始される時間は最重要項目だからしっかり覚えていたものの、入場時間に関しては、見、はしたが、覚えておくほどではないと思い、早急に頭から追いやった。
「せっかく早く着いたから、講堂で仮眠を取ろうと思ったのに……」
昨日は学院での生活のことを妄想するがあまり、なかなか眠りに就けず、ようやく眠りに落ちたかと思えば、夜明け前に目を覚ましてしまう始末。
もう一度寝ようと試みた私だったが、目が冴えたままで、結局寝付くことは叶わず、しかたなしに寝ることは諦め、ベッドから離れた。
五時には身支度は全て完了。
母は久しく朝早くからパートで私が起床するころには家におらず、父も出張中なので、時間まで一人のんびりとくつろいでいた。
その時に、いきなり眠気が襲い掛かり、私は一瞬だけ寝落ち。
不幸中の幸いで、なんとかすぐに目を覚まし、事なきを得たが、流石に肝を冷やした私は、二度目の寝落ちをするくらいなら、学院の講堂の方がいいだろうと決断。
私は入場時間が抜け落ちたまま善は急げの気持ちで足早に家から出てしまい、結果として、三十分ほど早く着いてしまった。
「はあ、起きたことは仕方ない。残り三十分、どこかベンチに座って暇をつぶそう……」
私は来た道を引き返して、四方に小道が伸びる校舎前の噴水広場のベンチで腰を下ろす。
学院の敷地内の探索にも出かけようか考えたが、広大すぎるが故、迷子になって、入学式に遅れるなんてことになったら、学院生活での私の立場がなくなってしまう。
それは是が非でも回避したかった私は、探索を断念し大人しく待つことにした。
携帯を取り出して、母に学院に早く着きすぎて講堂が開いてなかったことを、照れてるうさぎのスタンプと共にメッセージに送信して、自身の失敗談を茶化す。
――瞬間
「もしかして、光ちゃん?」
川のせせらぎのような透明感ある声音が私の鼓膜を心地よく叩いた。




