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ゴーストバスターズ  作者: そら
第一章 ようこそ、地獄へ
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18話 どうして、まだ私に憧れているの!?

 親睦会を終えた私たちは、そのまま任務のために校舎五階の会議室へ向かっていた。


 先ほどまでの賑やかな時間のおかげか、私はもう先輩たちに対して必要以上に緊張することはなくなっていた。


「もう~ はーちゃん。そんなにつんけんするなら、神崎さんになでなでしてもらいなよ。ずっと羨ましかったんでしょ? 神崎さんなら喜んでやってくれるよ。ね?」


「は、はい! 臼井先輩が良ければ、私がんばります!」


「羨ましくなんてない。神崎さんも、バカ渚の言葉に乗せられなくていいから」


 臼井先輩は親睦会から――正確には反町先輩が私に撫でられた時から不機嫌を露にしていた。

 反町先輩はその後も「もっと~」と何度も催促し、そのたびに猫みたいに蕩けた表情を浮かべていた。


 そして、その様子を見るたびに、臼井先輩はオレンジジュースのストローをぎりっと噛みしめ、じっとりとした目で反町先輩を睨んでいた。


 親睦会が終わった今でも、その不機嫌は継続中だった。


「ん~? ほんとかな~? ほれほれ~ 正直に白状した方が楽になるよ」


 反町先輩はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら、臼井先輩の頬をつんつんと指先でつついた。


「ん。頬をつんつんするな! 鬱陶しい!」


 臼井先輩は眉をひそめ、反町先輩の手を乱暴に払いのけた。


 けれど、反町先輩は気にした様子もなく、私の傍へと近づく。


「ほら神崎さんもはーちゃんの頬を触ってみてよ。ぷにぷにして気持ちいいから」


 反町先輩はその気持ち良さを私にも共有したいのか、腕をがしって掴んできた。


「そ、反町先輩!?」


「いいから、いいから」


 私が戸惑う間もなく、反町先輩は掴んだ腕を強引に引っ張る。

 そのまま私の手は、まっすぐ臼井先輩の頬へと導かれて――


 ぷにっ。


 おまんじゅうのようにふわっと、ぷにっとした感触が私の指先に伝わる。


 反町先輩の言う通り、凄く気持ちよかった。


「気持ちいいでしょ?」


「あ、はい」


 反町先輩の言うことに半ば反射的に肯定した私に、突き刺すような鋭いがんが飛ばされた。


「ん――か・ん・ざ・き・さ・ん?」


 臼井先輩は、一音一音にたっぷりと怒気を滲ませながら、ゆっくり私の名前を呼んだ。

 

 その鋭い視線に射抜かれ、背筋がぴしりと凍りつく。


「ちち、違います! 今のは、その……言葉の綾というか……! べ、別に気持ちよくなんてありません!」


 慌てて弁解する私に、臼井先輩はふっと目を細める。


 その瞬間に自分が墓穴をほってしまったことを遅まきながら気が付いた。


「ん。私の頬を触っておいて、気持ち良くないとは何とも不敬。許さない」


「は、はわわ……!」


「ありゃりゃ、はーちゃんの逆鱗に触れちゃったね。神崎さん」


 そんな私と臼井先輩の様子を元凶である反町先輩はまるで他人事のように楽し気に傍観していた。


「それ、反町先輩のせいですよ~! 見てないで助けてください~!」


「ん。逃がさない」


 悲鳴じみた声を漏らしながら、私は五階へ続く階段を駆け上がる。


 背後からは臼井先輩の足音が迫り、いつの間にか鬼ごっこのような追走劇になっていた。


 ――もっとも、捕まったら待っているのは“鬼ごっこ”では済まないのだけれど。


 必死に階段を駆け上がり、勢いのまま五階のフロアへと身を乗り出したとき――


「廊下は走っちゃだめだよ」


 川のせせらぎのように澄んだ声が耳に届く。

 

 私は鬼ごっこのことも忘れて、その声に引き寄せられるように視線を動か――


「っ!?」


「ん。捕まえた」

 

 つぎの瞬間には、臼井先輩に私の身体をがっちりホールドされていた。


 ようやく自分が追われていた立場だったことを思い出したけれど、もう遅い。


 耳元で囁かれた冷ややかな声に背筋が震え、私は現実逃避をするように赤い絨毯じゅうたんの床を見つめ続けた。


 どんな罰を受けるのか――まるで死刑囚のような気分で身を固くしていた、その時。


「ん。し、ずくちゃん……」


 臼井先輩は私に罰を与えることはなく、廊下で、立ち往生している雫さんに意識を割かれていた。


 その声は、いつものような淡々とした口調ではなく、少し震えていた。


「葉月ちゃんも、校舎は走っちゃダメ」


「ん……ごめんなさい」


 私に続き臼井先輩も雫さんに注意され、臼井先輩はしおらしく声を零す。


 雫さんの声を聞いて、思わず視線をそっちに向けようとした。


 けど、


 よくよく考えてみれば、憧れの人の前で、こんな子どもじみた醜態を晒してしまった。


 追いかけ回され、騒ぎ立て、あげく直接注意までされるなんて――恥ずかしすぎて、いっそ、消えてしまいたい。


 冷静になればなるほど、後悔と羞恥が胸の中でぐちゃぐちゃに混ざり合っていき、気づけば私はただ俯いたまま、黙って立ち尽くしていた


「二人共~って……しず、くちゃん」


「こんにちは、渚」


「あ、うん。こんにちは」


 場違いなくらい呑気な声を出していた反町先輩も、雫さんの姿を認めた途端、少し真面目な声音になる。


「もしかして今日の光ちゃんの初任務のパートナーは二人が?」


「あ、うん。そんなところ」


「そっかあ。ちゃんと後輩のこと守ってあげてね?」


「うん」


「じゃあ、頑張ってね。私は行くから、ばいばい」


「うん、ばいばい」


 雫さんは反町先輩と短い会話を交わすと、私たちの前から姿を消そうとする。


 ――もし、もしも、今日で自分が死んでしまうとしたら? 雫さんとの最後の記憶が、この無様な姿になってしまうのだろうか。

 ちゃんと話すこともできず、情けない姿だけを見せて終わるなんて、そんなの嫌! 絶対に嫌!


 そうなれば、きっと私は、一生後悔する――いや、きっとじゃない。必ず後悔する。


「あの、雫さん!」


「? なあに、光ちゃ――!?」


 呼び止められた雫さんは足を止め、こちらを振り返る。


 ――けれど。


 私の名前を呼びかけたその声は途中で途切れた。


 大きく見開かれた瞳。


 その黒い瞳には、驚愕と、信じられないものを見るような色が浮かんでいる。


「どうして……!?」


「え……?」


 突然向けられた言葉の意味が分からず、私は困惑する。


「どうして、どうしてどうしてどうして……! 光ちゃんは、どうして、まだ私に憧れてるの!? あの戦いで、私は確かにあなたの憧れを壊した! それなのに、どうして……!? どうしてなのっ!!」


 雫さんは、今まで聞いたこともないほど激しい声を上げた。


 今にも掴みかかってきそうなほどの気迫に、私は思わず身をすくめる。


 その時だった。


 未だ私を抱き留めていた臼井先輩の腕の力が、少しだけ変わったのを感じた。

 

 逃がさないための拘束ではなく、怯える私を守ろうとするような、優しさを含んだ抱擁へと。


「雫ちゃん! 落ち着いて! これから神崎さんは初めての任務なんだから、怖がらせちゃダメだよ!」


 反町先輩の制止に、雫さんははっと息を呑む。


 我に返ったようだったが、それでも胸の内で荒れ狂う激情までは消し切れていないのだろう。


 行き場を失った感情を抱えたまま、苦しげに顔を歪めていた。


 それでも一度、深く息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。


 その呼吸と共に、表情もわずかに落ち着きを取り戻していった。


「ありがとう、渚。あなたのおかげで、少し落ち着けたわ」


「ううん。別にお礼を言われるほどでもないよ」


 反町先輩は、あえていつも通りの軽い調子で返す。


「それと、光ちゃんごめんなさい。任務の前に怖がらせちゃったね」


「あ、いえ……だ、大丈夫です」


 ぎこちなく答えた私の返答に、雫さんはほっとした様子。


 笑顔を取り戻した雫さんだけれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。


「迷惑かけたね。じゃあ、私は行くね。任務がんばってね」


 雫さんはそう言い残し、再び歩き出す。


 向かう先は、私たちがこれから向かう方向と同じ。

 

 しかし、雫さんは私たちの入る会議室ではなく、別の部屋の前で立ち止まった。

 

 入室する直前、雫さんの瞳がちらっと私を捉えた。


 一瞬だけ向けられたその黒い瞳は、まるで底の見えない闇のようだった。


 憎悪にも似た、くらい感情を宿したまま――。


 雫さんは静かに部屋の中へと消えていった。


 取り残された私達三人は、少しの間静けさに身を委ねていたが、その空気を霧散させるように、


「さて! まあ、いろいろあったけど、私達も会議室に行こっか!」


 反町先輩の明るく元気な声が冷え切った空気を穏やかな空気に変えて、私達三人は、指定された会議室へと赴くのであった。

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