9話目『皺』
ある日の施行のことでございます。
故人様は男子高校生でございました。ですが、長く入退院を繰り返していらしたようで、皺もないお顔や、お身体は高校生というより、まるで中学生のようにも見えました。斎場に到着後、準備のため、ご遺族様方には、控室にご移動をお願いしました。故人様のお母様は泣き崩れながら、ご親族に支えられて控室へ向かわれました。
準備が整い、控室のご遺族様をあらためて故人様のおそばへご案内いたしました。
『只今より湯灌の儀、始めさせていただきます。この湯灌と申しますものは…』
いつも通り、始まりの口上を述べ始めますがお母様は俯いたまま、故人様の手を握り続けておられました。
つつがなく施行が終わり、故人様をお棺へ…という段になったところで、お母様が故人様の胸元にすがりつき離れようとしません。私どもは暫し俯いたまま、その時間が過ぎるのを待っておりました。
『コホン…』
小さな咳払い。斎場の方です。その目が語ります。
(時間が押してるんだよ、早く引き剥がせや)
斎場にも予定がございますので、その思いも充分に分かります。私どもも次の斎場へ移動しなければなりませんしね。
私は、ご遺族様を見廻し、落ち着いた男性の方に、
『このままでは、故人様の状態にもよろしくございませんので…』
と小声で伝えましたところ、その男性はお母様の肩を抱き、押さえていただき、納棺と相成りました。
『時間かかりすぎ…』
小声で耳打ちしてきた職員に頭を下げ斎場を後にしました。
次の斎場へ向かうため、湯灌車を発進させます。
ハンドルを握る私の袖口には、お母様が縋りつかれた時の皺が、まだくっきりと残ったままでございました。
それでは、次の斎場へ参ります……。




