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お出かけ

「そう言えば、カリムくんってロペスは初めて?」


 デフェルとカリムはイエーガーの邸を出ると、辻馬車(キャブ)を拾って村の南側、商店が軒を連ねる界隈へとやってきていた。

 カリムは興味深げに居並ぶ店に目をやりながら、言葉少なにこくりと頷く。

 少年が住んでいたサウロと言えば、農地が広がるばかりで、このように商店が並ぶ場所などは珍しいに違いない。

 年相応の少年よろしく、目を丸くして通りを見まわしている様は、微笑ましくもある。

 しばらくそうして歩いていると、少年の目がある一点を凝視していることに気が付いた。


「ん?」


 視線の先に何があるのか確認すると、デフェルは身を屈め、カリムの耳元に顔を寄せる。


「カリムくん、もしかして、あれ食べたいの?」


 ぼそりと尋ねれば、聞かれると思っていなかったのか、その小さな肩がびくりと跳ねた。


「いえ、えっと……」


 どうやらビンゴだったらしい。目に見えてうろたえた少年は、顔を赤くしてデフェルのことを見上げてくる。

 デフェルはカリムを連れて店の前まで行くと、店の親父に二つくれと頼んだ。

 親父は「まいど!」と言いながら、ほくほくと湯気を立てる包み揚げを個別に包むと、カリムとデフェルにひとつずつ手渡してくれる。

 カリムは躊躇いがちに受け取ると、包み揚げの入った袋とデフェルの顔を交互に見上げて、困った顔になった。


「あの、ぼく、お金が――……」

「いいからいいから。この先に公園があるから、そこで食おう」


 どこまでも苦労性な少年に苦笑を漏らす。

 包み揚げの入った袋を手にし、嬉しさを隠し切れない少年を促して、公園目指して歩き出した。



 * * * * *


 商店街を抜けた先、さほど時間もかからず目的の場所に着いた。

 吐く息が白いというほどではないが、この寒空のもと、わざわざ公園を訪れる人の数は少ない。そこにはデフェルたちを含め、数組いるだけだった。

 二人は空いている公園のベンチを見つけると、並んで腰を下ろし、店で買った包み揚げを広げた。

 小麦粉を練って薄く伸ばした生地に、芋を潰して餡にしたものを包んで揚げたもので、この辺では昔からよく食べられている。中の餡を、肉やソースに変えることで、主食にもおやつにもなる優れものだ。

 デフェルは隣で、包み揚げと格闘している少年に目をやった。

 カリムは冷ますように息を吹きかけると、ぱくりとかじりつく。しかし、中の餡がまだ熱かったのか、しばらくハフハフと口を動かしていた。そうしている内、冷めてきたのか、こくりと飲み込むと、次の一口を慎重にかじる。


(なんか、こういう小動物いたよな……)


 なんだっけ、と思いながらデフェルもかぶりつく。

 しばらくそうして、二人並んで包み揚げを食べていたら、カリムが何か言いたそうに見上げてくるのが分かった。

 口を開いては閉じ、包み揚げを食べ、またもやこちらを見上げたかと思うと目を伏せる。

 ――こちらから聞いてやるべきだろうか。

 デフェルが「どうした?」と聞こうとしたら、カリムがおずおずと声を出した。


「あの……」

「ん?」


 デフェルは急かすことなく、カリムが話し出すのを待った。

 少年は少しためらったあと、疑問を口にした。


「朝から武器とか持った人たちが、お邸の門の辺りに集まってきてるんです」


 一旦、そこで言葉を切ると、デフェルのことをまっすぐ見つめてきた。


「村に、行くんですか……?」


 カリムの言う「村」とはサウロのことだろう。まだ小さいとはいえ、さすがに見当がついたらしい。デフェルは「そうだ」と頷いてみせる。


「あんなところに得体の知れない連中がいたら、安心して住めないだろ? 出来れば取り返したいってイエーガー様、言ってたな」


 デフェルは食べ終えた包み紙をくしゃりと丸めると、ポケットに突っ込んだ。

 隣に目をやれば、カリムの顔が下を向いている。


「えたいのしれない連中……」


 デフェルの言葉に記憶が喚起されたのか、カリムの声音に暗いものが混じる。


(やべっ……!)


 その様子にデフェルは慌てた。

 村を襲われた際、その場に居合わせたカリムにしてみれば、デリケートな話題である。

 デフェルはあまり刺激しないようにと、言葉を探した。


「あ――……、カリムくんだって村を取り戻したいって思うだろ?」

「――取り戻したい?」


 うつむいていたカリムの顔が上がる。

 デフェルは内心で「よしっ!」と拳を握った。


「村があんなことになって――」

「あんなこと……」


 上がった顔がまたもや伏せられた。


(だっ、誰かこの空気、なんとかしてくれ……)


 デフェルは助けを求めて周囲に目をやるが、今、この場にはデフェルとカリムしかいない。

 よしんば周りに誰かいたとしても、事情も何も分からない人に、丸投げするわけにもいかなかった。

 なんとかするなら、自分でなんとかしなくてはならない。

 気まずい空気が漂う中、なんとか会話を繋げようと試みる。


「カっ……カリムくんの親御さんもあの村に居たんだろ?」


 口にしてから、デフェルは地雷を踏み抜いたことに気が付いた。

 偵察に赴いた際、サウロにはカリム以外、村人は残っていなかった。

 どうなったかは想像に難くない。

 最悪、死んでいなかったとしても、ろくな目に遭っていないだろうことが(うかが)えた。


「――父が……」


 そんなデフェルの内心を知ってか知らずか、カリムが重たい口を開く。

 デフェルはなんとか話題を変えようと、真っ白になった頭で必死に考えた。

 普段、情報を引き出すのにおどしたりすかしたりと、色々やっている彼であったが、この時ばかりは気の利いた言葉のひとつ、出てこない。

 がんばれ、俺!と自分で自分を叱咤してみるものの、普段の彼からすると、信じられないくらい頭も口も回らなかった。

 思えば、小さい子供とこのような話をしたことなど、生まれてこの方、一度もない。

 人間、普段やらないことは出来ないものなんだなと、若干捨て鉢になりながらデフェルは思った。


「えっと……」


 暑くもないのに、だらだらと汗が全身を伝う。

 数瞬後――カリムがぽつりと漏らした。


「目の前で……死にました」


 ――終わった。

 デフェルは文字通り真っ白になった。重苦しい沈黙が二人の間に横たわる。

 少年の父親が目の前で殺されたというなら、他の村人達も無事ではないだろう。


(気っ――気まずい……)


 デフェルは頬を引きつらせると、雲ひとつない乾いた空を見やった。

 どこかで鳥が鳴いている。

 祈りを捧げる修道士よろしく無心となったデフェルは、顔をはにわのようにして、少年の身に起こった出来事について想いを巡らせた。

 いきなり湧いて出てきたやつらに不当に居場所を奪われ、目の前で親を殺された。何事もなければ、カリムは今頃、親元で平和に過ごしていたはずである。

 考えていたら、ふつふつと怒りが込み上げてきた。


「ひでぇやつらだな」


 気付けばデフェルは呟いていた。

 視界の隅で顔を上げたカリムが目をぱちくりさせている。


「ひどい?」

「ああ」


 自然と声音がキツくなる。


「いきなり村に沸いたかと思えば、村にいた奴らを皆殺しにして」

「みなごろし……」


 カリムは何か思うところがあったのか、デフェルの言葉を繰り返した。


「カリムくんみたいな小さい子供の目の前で、親まで殺して」


 カリムの顔がさっと青ざめる。


「なんでお前だけ生かしておいたのか知らないけど、そんな奴らに囲まれてたんじゃ、生きた心地しなかったろ」

「それは……」


 言い淀んだカリムの背中を、デフェルはばしんと叩いた。


「安心しろって。村は取り返すつもりだし、仇は討って――」


 デフェルは全部を言うことは出来なかった。カリムが突然、大きな声で叫んだからだ。


「ビオレたちはひどいヤツらなんかじゃないよっ!」


 カリムは自分の発した声の強さに驚いて、隣のデフェルの顔を見る。

 デフェルも驚いたのか、目を大きく見開いて、カリムの顔を見た。

 目が合ったのは一瞬。

 カリムはさっと目をそらすと、「ごめんなさい」と呟いて肩を落とした。

 少年としては、その場所からすぐさま立ち去りたかったが、カリムはこの村の地理に明るくない。イエーガーの邸に戻ろうにも、一人では無理だった。

 勝手をして迷子にでもなったら、迷惑をかけてしまう。

 およそ、小さな子供に似つかわしくない思考でもって、カリムは顔をうつむけたまま、じっとベンチに座っていた。

 静かな時間が流れる。

 ややあって、デフェルは頭を掻きながら、口を開いた。


「ビオレって……血を撒いてた連中か?」


 カリムはビクリと身を竦ませる。

 長い沈黙のあと――。


「そうです」


 か細い声でそう呟いた。

次回の更新は、1/21(月)の予定です。

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