帰路
帰りに拾った辻馬車の中。二人は始終無言だった。
通り過ぎる景色を漫然と眺める。
「……あの」
沈黙を破ったのはカリムだった。
デフェルは馬車の窓枠に頬杖をついたまま、「ん?」と顔だけ少年の方に向ける。
カリムは自分の足元を見つめていた。
「ぼくは……このあと、どうなるんでしょうか」
小さな両手が、きゅっと膝の上で結ばれている。
「どうって?」
デフェルはなるべく、穏やかに聞こえるよう問いかけた。
「……村がああなったから、戻れないと思うし、イエーガー様のお邸にずっといるわけにはいきませんよね?」
カリムが何を気にしているのか思い当たって、デフェルは頷いた。
「カリムくん、親戚とかいるの? おじいちゃんとか、おばあちゃんとか、おじさんとか――」
デフェルの問いかけに、カリムは首を横に振った。
「わかりません。もしかしたらいるのかもしれないけど、会ったことはなくて――……」
カリムの声が沈んでいく。
デフェルは「そっか」と相槌を打った。
少し調べれば、カリムに“頼れる身内”がいるかどうか、すぐに分かるだろう。しかし、仮にいたとしても、本当の意味で頼りになるかは分からない。会ったこともない見知らぬ子供を、急に押し付けられた家族がすんなり受け入れてくれるのか、怪しいところだ。
デフェルは嘆息した。
「引き取ってくれる人がいないなら、救貧院に行くことになるだろうね」
ここで嘘を言っても仕方がない。
ヤな役押し付けられたなあと、今、ここにはいないイエーガーの顔を思い出す。
――あとで何か請求してやろう。
それくらいしても、罰は当たらないはずである。
「きゅう……ひんいん?」
耳慣れない言葉だったのか、カリムはたどたどしく聞き返してきた。
「そ。救貧院。修道院――教会って言った方が分かるかな?」
「教会……」
その単語ならカリムも知っていた。少年の住んでいた村にも、小さいながらも教会はあった。常駐の神父さんはいなかったけれど、年に何度か村を訪れては、教会の教えを説きに来ていた。
「――そこにはいつ?」
「まぁ、すぐには無理だな。今回の件が片付いて、落ち着き次第ってところかな」
「……そうですか」
少年がぽつりと呟く。
そのまま口を閉ざしてしまったので、馬車の中は再び静まり返った。
デフェルは再び窓の外に目を向けた。
隣には、黙したまま動かない少年が座っている。
こうして外の景色を見ていると、馬車にいるのは自分だけのように思えた。
――どっちがマシなんだろうな。
頭に浮かんだのは、今後のカリムのことだ。
愛情を注いでくれるかも分からない、親戚を探して身を寄せるのと、規律のうるさい救貧院へ預けられるのと……。一番いいのは親元で過ごすことだろうが、少年には最早選ぶべくもない。
隣に座る少年に目をやれば、肩を落として石像のように固まっている。
その姿に、言いようのない不安が胸をよぎった。
――なんか、危なっかしいんだよな……。
馬車に乗り込む前、公園で、村を襲った連中のことを「ひどいヤツらなんかじゃない」と叫んだことが気にかかる。
実父のみならず、共に暮らしてきた人達を殺されて、なおそう言える少年の気持ちが分からない。
デフェルの目に、少年の頬の痣が映った。
カリムを連れて村へと戻った日、イエーガーにその痣を指摘された時の様子が頭に浮かぶ。
少年は、何か困った様子で固まっていた。ジェイダに「言いたくないなら、言わなくてもいいのよ」と言われて、あからさまにホッとしていた。
痣を付けたのが塔から出てきた連中であるなら、何か意味がありそうな気がする。
血を撒いたら、そこから芽がでるような奴らだ。
カリムの気持ちがあちらに向くよう、仕向けているのかもしれない。
――ちびっ子ひとり懐柔したところで、何かあるとも思えないけど。
デフェルがそう思っても、向こうがそうとは限らない。
推察するにも情報が少なすぎた。
なんにしても、カリムにあいつらを慕うことだけはさせたくない、と強く思った。
(誰か、人を付けとくように言っておくか)
理由は何とでもなる。
今回の件が片付いたら、少年の身内を探してみよう。
見つかるのは、カリムが施設に行った後でも遅くはないのだ。
預かってくれる先があるなら、喜んで送り出してくれるだろう。
あとは少年が行くか行かないか、決めるだけだ。
デフェルは両腕を組むと、馬車から見える景色に意識を移した。
通りの木は黄色く色づき、気の早いものは、すでにその葉を散らせている。
遠くにドレフ家の門が見えてきた。
二人は邸に到着するまで、口を開くことはなかった。
次回の更新は、2/4㈪の予定です。




