滞在
カリムはあれから、イエーガーの邸に滞在していた。
最初の頃こそ手伝いを申し出ていたカリムだったが、世話を焼いてくれるルイスに、
「お客様にそのようこと、させられません」
とやんわり断られては、それ以上、何かを言うことはできなかった。
(色々してもらうだけって、疲れる……)
世話を焼かれることに慣れていないカリムにとって、この状況は気疲れする一方だった。何かしてもらう度に恐縮しっぱなしで、心の休まる時がない。
(なんにもしてないのに、疲れるっていうのも変な話だけど……)
そんな気持ちになってしまう事ですら、申し訳ない気がしてしまう。
思えばヴァイオレット達といた時は、色々と面倒を見てくれていたものの、なんだかんだとやらせてもらっていた。自分にはあのくらいが性に合っていると思う。
カリムは嘆息すると、一人で使うには広すぎる部屋の窓から、外の様子を眺めた。
ここに来てからというもの、邸の中はばたばたしている。
「好きに出歩いて構わない」と言われてはいるものの、カリムが出歩くことで、周りの迷惑になるかもしれないと思うと、部屋から出るのも躊躇われた。
(これからどうなるんだろう)
ここはイエーガーの邸で、自分はここでは不要だ。
とすれば、出て行かなくてはいけないのだろうけれど、少年が住んでいた村があのような事になってしまっているので、戻れるかも分からない。
かといって、頼れる親戚がいるのかも、カリムには分からなかった。
少なくとも、父と暮らしていた時に、そのような人に会ったことはなかった。
カリムは堂々巡りする思考に、ここに来てから何度目になるかわからない、ため息を吐いた。
* * * * *
デフェルはイエーガーの住まいである邸の廊下を、案内もなく一人で歩いていた。
邸内は、出征の準備に追われる人達で騒然としている。
今日中に、周辺の村から集めた人達が到着するはずだ。明朝にはサウロに向けて発つことになる。
デフェルは長い廊下を歩きながら、内心で悪態をついた。
(もー……、イエーガー様ってば、人遣いが荒いんだからな――……)
カリムを連れて報告を済ませたあと、人集めに始まり、武器や資材の調達、変に情報が出回らないようあちこち回ったり、村をもう一度見て来いと言われたり――文字通り散々走らされた。
どちらかと言えば、「それ、ジェイダさんの仕事ですよね!?」というのも幾つかあったが、なにぶん準備期間が短い上に、人手が足りないのだ。
文句を言ってみたところで、どうにもなりはしないので、愚痴りつつも身体を動かす。
さすがにそろそろ休みたいと思い始め、少し時間が空いたと思ったら、またもや急に呼び出された。
何かと思えば、半日やるからサウロから連れてきた子供と遊んでやって欲しいとのこと。
(何も俺じゃなくたって、遊び相手なら他にもいるだろうに)
もともと労働意欲のある方ではなく、地震が起きてからというもの、ろくに休みも取れていない。そんなものだから、ついつい愚痴をこぼしてしまう。一日くらい部屋でごろごろする日が欲しいところだ。
(まぁ、でも連れてきたの俺だしな――……)
実のところ、気になるのも確かだ。
聞けばカリムはここに滞在中、あまり部屋から出ていないらしい。
あんな目にあったばかりで、伏せっているのかもしれなかった。
デフェルはカリムが居るという部屋の前までやってくると、一つ咳払いをした。
――コンコン!
扉をノックし、返事を待たずに押し開ける。
「カリムくん、いるー?」
室内に目をやれば、窓から外を見ていたのか、窓際でこちらを振り向くカリムの姿があった。
「デフェルさん……」
カリムとは、ここに連れて来て以来、一度も会ってなかった。
デフェルが来るとは思っていなかったのだろう。少年の、オリーブ色の瞳が大きく見開かれる。
(まぁ、元気そう……かな?)
デフェルは挨拶の言葉もそこそこに、部屋に入ると大股でカリムに近寄った。
「随分といい格好になったなぁ」
イエーガー様のお古かなと思いつつ、少年の格好をしげしげと見下ろす。
ここに連れてきたときは、丈の合ってないダボダボの服を着ていたような気がする。
少年はデフェルに指摘されて、恥ずかしそうにその襟元を掴んだ。
「これは……イエーガー様にもらったんです。今までのでいいって言ったんだけど――」
うつむく顔は、気に入っているのか満更でもなさそうだ。
デフェルは良かったなと笑ってみせる。
「そう言えば、カリムくん、ずっと部屋にこもりっ放しなんだって? イエーガー様が心配してたよ」
「あ……なんだかお邸の中があわただしくて……。ウロウロしてたら迷惑かなって」
カリムは一瞬、部屋の外に目を向けると、そっとまつげを伏せた。
「そんなこと気にしてたの!?」
デフェルはカリムの事をまじまじと見つめた。
おそらく十にもなっていない。
自分がカリムくらいの年齢だった時、どうだったかなと考えた。
(――少なくとも、そんなん気ぃ回すほど、殊勝な性格してなかったな……)
あの頃の自分と言えば、父親から課される訓練を、いかにしてサボるかに心血を注いでいた。傍から見れば、少年が言うところの“迷惑行為”など日常茶飯事だった気がする。
デフェルはこの歳にして苦労性なカリムの肩を、労るようにぽんぽんと叩いた。
「ちょっと外に出るか? 俺と一緒なら、そんなに気にすることもないだろ」
様子を見に来て良かったと思いながら、部屋の外を指し示す。
カリムは誘われたのがよほど嬉しかったのか、見た目にわかりやすく頬を紅潮させると、「はい」と大きく頷いた。
次回の更新は、1/21(月)の予定です。




