敗残の将
年暮る頃、物騒がしい気配の中、太政官から追討官符が発せられた。
「平良兼・平貞盛・源誠らは、馬寮の常羽御厩を襲撃し、朝廷の財を焼き払う。──これを謀叛と断じ、朝敵として討伐を命ずる。」
坂東での暴虐の報に、幼い主上も摂政忠平の顔を見上げた。
忠平は黙し、静かに頷いた。
常陸国府から解状が提出されてから、わずか三月ほどで追討官符が発せられた。国豊が解状を認めると同時に、太政大臣・藤原忠平へ私書簡を送り、事態の深刻さを伝えていたためである。
公卿らが署名した追討官符の正本は、常陸・下総・上総・武蔵・下野など坂東各国の国府へ送達された。受領した国府では在庁官人を召集して開封し、正庁で読み上げる。さらに国司は、官符の写し、あるいは命令書を郡司や豪族へ回覧させた。
このときは格別の措置として、将門にも太政官符の正本が送られた。将門は、朝廷の討伐命令の実行者として、戦場で官符を掲げることが許されたのである。
常陸国府で官符を受領した常陸介・藤原維幾は、中身を一瞥するなり、
「大掾殿にすべてをお任せする。」
とだけ言い残し、奥へ下がった。
朝敵──それは、国家に弓引く者へ与えられる最も重い烙印であった。良兼が武射に戻ったとき、その烙印はすでに郎党たちの間にも広まっていた。
武射の館に戻った良兼を迎えたのは、歓声でも安堵でもなく、重苦しい沈黙だった。
「……殿、お戻りに……」
郎党たちは言葉を選び、目を伏せた。
良兼の髪は乱れ、顔はこけていた。
かつて坂東を震わせた“上総太郎”の面影は、もはやほとんど残っていなかった。
良兼は館の敷居を跨ぐと、そのまま膝をついた。
「……我は……敗れた……」
その言葉は、誰に向けたものでもなく、ただ、胸の奥底に沈む独り言であった。
良兼は武射の奥の間に引き籠った。声は弱まり、食は細り、やがて床に伏すようになった。
外では、冬の風が武射の森を吹き抜けていた。その風は、まるで良兼の命を少しずつ削り取っていくかのようであった。
良兼が病に伏す間にも、坂東の情勢は動いていた。将門は勢いを増し、常陸・下総の豪族たちは次々とそのもとへ集った。良兼の名は、坂東の地図からゆっくりと消えていった。
(……我は……どこで間違えたのだ……)
良兼の呟きは、誰にも届かなかった。ただ、冬の風だけがその声をさらっていった。
一方、良兼と袂を分かった貞盛もまた、雪の山中を逃れながら、己の行く末を見失いつつあった。




