妙見の光
ある日のこと、大路を進む忠平の一行の前に、突如として荒れた身なりの男たちが飛び出した。
――賊である。
「下がれ!」
将門は咄嗟に踊り出た。振り下ろされた薙刀の柄を受け止め、そのまま男の腕を絡め取って地へ叩き伏せる。二人目、三人目が間を置かず襲いかかる。だが将門は太刀を抜くことすらなく、踏み込みと腕の一振りだけで次々に制した。
「其方のお手並み、お見事であった」
御簾の向こうから忠平が声を掛けた。その声音には、驚きと、そして確かな期待が滲んでいた。
賊はすぐに捕縛され、事なきを得た。この一件で、忠平の従者たちの間に、将門の名は一気に広まった。
「恐ろしい体躯の持ち主よ……」
「いや、あれは人の技ではない……」
「忠平様も、推挙の先に迷われよう……」
――羨望、嫉妬、警戒、さまざまな感情が渦巻く中、将門はただ黙々と鍛錬を続けた。
数日後、忠平は将門を東の廊の軒に呼び寄せた。庭に射す薄日が、将門の影を長く引いている。
「小次郎、其方の武の技は見事であった。兵衛か近衛の兵として推挙したいが、どうか」
将門は静かに頭を垂れた。
「過分なお言葉にございます」
忠平はふと微笑し、将門の横顔を眺めた。その眼差しには、どこか探るような色があった。
「ところで――其方は、いずれは東国に戻る身と聞く。父は国府の官であったか」
将門は一瞬、驚いたように目を伏せた。
「――はい、我は高望王の子、平朝臣良将が嫡子、小次郎将門。桓武天皇の御裔に連なる平氏の一葉にございます。いずれは父を継ぎ、坂東を守る役目を負う身にて」
その言葉を聞いた瞬間、忠平の表情がわずかに変わった。
「なんと――相馬と申したゆえ、下総の古族の縁者かと思うておったが……」
驚き、納得、そして、謀られたことへのかすかな苦笑が、その面をよぎった。
(……この我を試していたか)
将門は気まずそうに、言い添えた。
「下総相馬の県犬養の家は、我が母の里でございます」
忠平は、何度も、大きく頷いた。
「……なるほど。其方が鎮守府将軍・良将殿の子とは、今の今まで知らなんだ」
忠平はしばし沈思した。
やがて、静かに言葉を継いだ。
「皇統に連なる武門の嫡子であればこそ、主上のおわす清涼殿を守る“滝口”こそふさわしい。其方を、滝口の尉に任じよう」
控えていた家司に目を遣ると、
「蔵人に上奏するよう伝えよ」
と言った。
将門は息を呑んだ。
(昇進の足掛かりとして悪くはない……)
滝口の武士――宮中の最奥に立ち、主上を守る誉れ高い役目。選ばれる者は限られ、その名は地下の若武者たちの憧れであった。
「……この将門に、そのような大役を」
「其方にこそ相応しい。武は天より授かるもの。そして血筋もまた、天の理のうちにある。ならば、その両方が正しく活きる場に立てばよい」
忠平の声音は、先日の賊退治の時よりも深く、確信に満ちていた。
将門は膝を正し、深く頭を下げた。
「ありがたく拝命いたします」
その背筋は、これまでよりもわずかに伸びていた。
寄食の一人にすぎなかった若者は、自らの武で宮中への扉をこじ開けた。だが、その一歩が栄達への道となるのか、坂東を覆う冥い影の始まりとなるのか――このとき、将門自身にも知る由はなかった。




