↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北辰の冥影 ~将門炎舞記~  作者: 浮島太郎
萌龍の初光

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/161

妙見の光

 ある日のこと、大路を進む忠平の一行の前に、突如として荒れた身なりの男たちが飛び出した。

 ――賊である。

「下がれ!」

 将門は咄嗟(とっさ)に踊り出た。振り下ろされた薙刀(なぎなた)の柄を受け止め、そのまま男の腕を絡め取って地へ叩き伏せる。二人目、三人目が間を置かず襲いかかる。だが将門は太刀を抜くことすらなく、踏み込みと腕の一振りだけで次々に制した。

「其方のお手並み、お見事であった」

 御簾の向こうから忠平が声を掛けた。その声音には、驚きと、そして確かな期待が滲んでいた。

 賊はすぐに捕縛され、事なきを得た。この一件で、忠平の従者たちの間に、将門の名は一気に広まった。

「恐ろしい体躯の持ち主よ……」

「いや、あれは人の技ではない……」

「忠平様も、推挙の先に迷われよう……」

 ――羨望、嫉妬、警戒、さまざまな感情が渦巻く中、将門はただ黙々と鍛錬を続けた。

 数日後、忠平は将門を東の廊の軒に呼び寄せた。庭に射す薄日が、将門の影を長く引いている。

「小次郎、其方の武の技は見事であった。兵衛か近衛の兵(つかさ)として推挙したいが、どうか」

 将門は静かに頭を垂れた。

「過分なお言葉にございます」

 忠平はふと微笑し、将門の横顔を眺めた。その眼差しには、どこか探るような色があった。

「ところで――其方は、いずれは東国に戻る身と聞く。父は国府の官であったか」

 将門は一瞬、驚いたように目を伏せた。

「――はい、我は高望王の子、平朝臣良将が嫡子、小次郎将門。桓武天皇の御裔に連なる平氏の一葉にございます。いずれは父を継ぎ、坂東を守る役目を負う身にて」

 その言葉を聞いた瞬間、忠平の表情がわずかに変わった。

「なんと――相馬と申したゆえ、下総の古族の縁者かと思うておったが……」

 驚き、納得、そして、謀られたことへのかすかな苦笑が、その面をよぎった。

(……この我を試していたか)

 将門は気まずそうに、言い添えた。

「下総相馬の県犬養(あがたいぬかい)の家は、我が母の里でございます」

 忠平は、何度も、大きく頷いた。

「……なるほど。其方が鎮守府将軍・良将殿の子とは、今の今まで知らなんだ」

 忠平はしばし沈思した。

 やがて、静かに言葉を継いだ。

「皇統に連なる武門の嫡子であればこそ、主上のおわす清涼殿を守る“滝口”こそふさわしい。其方を、滝口の尉(じょう)に任じよう」

 控えていた家司に目を遣ると、

「蔵人に上奏するよう伝えよ」

 と言った。

 将門は息を呑んだ。

(昇進の足掛かりとして悪くはない……)

 滝口の武士――宮中の最奥に立ち、主上を守る誉れ高い役目。選ばれる者は限られ、その名は地下の若武者たちの憧れであった。

「……この将門に、そのような大役を」

「其方にこそ相応しい。武は天より授かるもの。そして血筋もまた、天の理のうちにある。ならば、その両方が正しく活きる場に立てばよい」

 忠平の声音は、先日の賊退治の時よりも深く、確信に満ちていた。

 将門は膝を正し、深く頭を下げた。

「ありがたく拝命いたします」

 その背筋は、これまでよりもわずかに伸びていた。

 寄食の一人にすぎなかった若者は、自らの武で宮中への扉をこじ開けた。だが、その一歩が栄達への道となるのか、坂東を覆う冥い影の始まりとなるのか――このとき、将門自身にも知る由はなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。