因果の端
忠平の屋敷に紛れ込んでいれば、秀郷の異質な容貌も、かろうじて目立たずに済んだ。だが、寄食たちの視線は冷たかった。
「鬼子か……また妙な奴が来たな」
「どこからか、流れてきたようだ」
「忠平様も、よくあんなのを入れたものだ」
秀郷は何も言わなかった。ただ黙々と弓を張り、体を鍛え、雑務をこなした。
ある日、寄食の一人が秀郷に絡んだ。
「おい、毛人。弓の稽古場はこっちじゃないぞ」
秀郷は無視した。だが、男はしつこく肩を掴んだ。
「聞こえぬのか。俘囚は耳まで濁っているのか」
次の瞬間、秀郷の手が動いた。男の手首を掴みひねり上げる。
骨が軋む音がした。
「は、離せっ……!」
秀郷は、ゆっくりと手を放した。男は地面に倒れ込み、顔を青くした。
その場にいた寄食たちは、誰も秀郷に近づかなかった。
秀郷の眼は、獣のように光っていた。
――抑えねばならぬ。
自分に言い聞かせた。ここで暴れれば、追手に見つかる。
――生きねばならぬ。
秀郷の胸には、復権への執念が燃えていた。
そのとき、廊の向こうから小走りに駆ける軽い足音がした。白麻の狩衣をまとった、まだ幼さの残る童子が近づいてくる。宮中で宿直を務め、忠平邸へ戻ってきた国豊であった。
秀郷は、ふと顔を上げた。その瞬間、二人の視線が交わった。
――この童子は、誰だ。
秀郷の胸に、言葉にできぬざわめきが走った。
二人の間を、一陣の風が抜けた。秀郷は知らなかった。この幼い童子との邂逅が、やがて将門をも巻き込み、坂東の運命を大きく揺さぶる因果の端となることを。




