未逢の縁
その夜、秀郷は、廊の片隅で弓の弦を張り替えていた。太い指が弦を引くたび、低く重い音が響く。その音は、都の雅な楽器とは異なる、荒野の風のような響きだった。
そこへ、将門が通りかかった。
「その弓……都のものとは少し違うのですね」
秀郷はゆっくりと顔を上げた。
月明かりが、彫り深い顔の陰影を際立たせる。
「陸奥では、こういう弓を使う者も多い。……其方は?」
「相馬小次郎と申します。寄食として此方に出入りしております」
秀郷は、将門の名を聞いた瞬間、わずかに眉を動かした。
(……相馬?……小次郎……?)
「……汝は、鎮守の若君ではないか」
「私をご存じなのですか」
「坂東で、鎮守の偉丈夫を知らぬ者はない」
その声音には、羨望とも嘲りともつかぬ響きがあった。皇統に連なる名門の若武者。己とはあまりに異なる今の境遇を前に、秀郷の胸を名状しがたい影がよぎった。
「御弓を拝見してもよろしいでしょうか」
将門がそう言うと、秀郷はしばらく黙って見つめ、やがて弓を差し出した。
将門が弓を手に取ると、秀郷はその動きを注意深く観察した。握りの深さ、腕の角度、足の開き――どれもが、十五、六歳とは思えぬほど整っている。
(ほう……これは驚いた)
秀郷の胸に、奇妙な感情が芽生えた。
それは、かつて自分が京に上った日の記憶と重なるものだった。
「弓に相当な自信があるようだ」
「はい。坂東では、弓馬の道を極めることも身を立てる道ですので」
秀郷は弓を受け取り、月に向かって弦を軽く鳴らした。その音は、張り詰めた空気を震わせるように響いた。
「覚えておけ。腕前だけでは生き残れぬ」
「……どういう意味でしょうか」
秀郷は答えず、ただ将門を見据えた。その眼には、野性と、追われる者の暗い翳りと、失ったものを奪い返そうとする執念が、熾火のように宿っていた。
「いずれ分かる」
そう言い残し、秀郷は闇の中へと消えていった。




