寄食の座
将門は、父の命を受け、年明けとともに東国を発った。
初めて踏む京の都は坂東とはまるで異なる気配を放ち、その雅やかな空気が、若き将門の胸をひそかに震わせた。
右大臣・藤原忠平卿に仕え、仕官の道を開く。――それが父の願いであり、将門自身の志でもあった。だが、都に入った途端、彼の心には別の思いが芽生えた。
「暫し名を伏せ、ただ市井の若人として都を見たいものだ」
桓武天皇の血筋も、鎮守府将軍の嫡男であることも語らず、将門はあえて食客として忠平邸に身を寄せた。名を隠すことで、初めて見える世界がある――そんな直感が、彼を静かに突き動かしていた。
忠平の屋敷は常に多くの使用人や従者を抱えていたが、このほかにも「寄食」と呼ばれる者たちが数多く出入りしていた。正式な使用人である家司でも家人でもない、いわば“食客”である。
忠平には、さまざまな者を受け入れ、その才能を見極めようとする度量があった。
――中下級貴族の庶子、地方武士の若者、学問を志す童子、僧侶、楽人、絵師。位階や官職を望む者、己の才を誇る者、没落して縁にすがる者――その顔ぶれは実に多彩で、時に百人を超える寄食が出入りした。
「この都には、俺の知らぬ知恵と道理がある」
武芸だけではない。政も、礼も、学問も、歌舞も――人が世を渡るための術が、ここには満ちていた。
将門が忠平邸に寄食として初めて足を踏み入れた日も、廊や孫庇のあちらこちらで、寄食たちが思い思いに過ごしていた。弓を手入れする者、漢籍を読みふける者、舞の稽古に励む者、そして、ただ暇を持て余して将棋を指す者までいる。
彼らは皆、忠平の推挙を待つ身であり、同時に互いの才を量り合う競争相手でもあった。広大な邸の片隅で、ある者は己を売り込み、ある者は人の失策を待ち、わずかな栄達の糸口を奪い合っていた。
「其方は、坂東の生まれとか……」
ある夜、忠平邸の一隅で雑魚寝していた将門に、ひとりの男が声をかけた。藤原季兼――下級貴族の庶子ながら、寄食の間では学才をもって名を知られた男である。
「坂東武者が、この都にいかなる用件か?」
挑むような言葉に、将門は眉をひそめた。
「我が武威は、どこであろうと力だ。都の風が、太刀を鈍らせるとは思わぬ」
季兼は一瞬驚いたように目を見開き、
「なんだ。腕節に頼るだけの武辺者か」
と、蔑んだように言った。
将門は、季兼の耳元に顔を寄せ、
「坂東武者に遺恨でもあるか知らぬが――其方で試してやっても、よい」
と、低い声で囁いた。
季兼は、口元に引き攣った笑みを浮かべて去って行った。
その応酬を、廊の陰から見つめる男がいた。寄食の群れにあって、その容貌はひときわ異彩を放っている。張り出した眉間に深い彫り。太い眉の下では、獣じみた眼光が油断なく周囲を射抜いていた。黒々とした髭、太い首、広い肩。狩衣の袖口から覗く前腕には、縄を綯ったような筋が浮かんでいる。
その立ち姿には、辺境の風雪に鍛えられた者だけがまとう、荒々しい気配があった。
田原藤太と名乗ってはいたが、その実、将門同様、自らの出自を伏せて忠平の屋敷に潜り込んでいた。しかし、将門とは名を伏せた事情が異なる。
この男の本名は、藤原秀郷という。藤原北家魚名流の末葉で、下野掾・藤原村雄の子――国豊とも忠平とも、同じ血に連なる者であった。
だが今は、その名を名乗ることすら許されぬ身である。下野国府の官に連なる身でありながら、隣国の上野国司への反逆に連座し、一族十七名とともに流刑を言い渡された。しかし、秀郷は捕縛を逃れ、密かに京へ潜り込んだ。忠平邸に身を寄せているのは、追手の目を欺くためである。
(……あの若造、ただの偉丈夫ではないな)
秀郷は、将門の立ち姿に目を細めた。幼さは残るが、足の開き、腰の据わり、声の張り、いずれも武門に生きる者のそれだった。




