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北辰の冥影 ~将門炎舞記~  作者: 浮島太郎
萌龍の初光

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落葉の誓

 相馬小次郎すなわち平将門は、高望王(たかもちおう)の三男、鎮守府将軍・平良将の嫡子である。高望王は桓武天皇の曾孫にあたり、その血筋は皇統に連なる。

 高望王は寛平元年(八八九年)、平朝臣(たいらのあそん)の姓を賜って臣籍に下り、従五位下・上総介(かずさのすけ)に任じられて坂東へ赴いた。平高望(たいらのたかもち)は正室が生んだ三人の息子――国香(良望)、良兼、良将――を伴い、任期を終えても帰京せず、上総国武射の地に館を構えた。未開の地を開墾し、在地の豪族らと姻戚関係を結び、やがて上総・下総・常陸にまたがる一大勢力を築き上げた。

 その三男・良将は、下総国豊田郡・猿島郡一帯の所領を継ぎ、利根川流域の湿地帯を開墾して豊かな私営田へと変えた。さらに水運を掌握することで物資の流通を支配し、地の利を最大限に生かしたのである。良将はこれらを基盤として武威を示し、のちに鎮守府将軍を賜り「坂東武家の棟梁」としてその名を轟かせていた。

 その偉大な父の目にも、将門は地下(じげ)のまま埋もれさせるには惜しい器と映った。幼いころから、武門の才だけでなく、人を惹きつける烈しい気を宿していたのである。

「坂東という小さな器に、この龍を閉じ込めておくのは、余りにも忍びない」

 ――平良将は、我が子に殿上人として栄達する道を望んだ。


 この年、数え十五となった将門は、元服の儀を執り行った。冠を戴く凛然たる面差しは、雲を衝く龍の子が、初めて己の天を仰いだかのようであった。

 元服の儀から数日後、下総相馬の館は晩秋の気に満ちていた。良将はひとり庭に立ち、遠く霞む山並みを眺めていた。山の端は淡く煙り、風に揺れる木々は赤や黄の葉を静かに散らしている。

 良将はゆっくりと振り返った。

 その眼差しには、武家の棟梁としての厳しさはなく、父親の深い情が滲んでいる。

「小次郎……いや、今日よりは将門と呼ぶべきか」

 将門は膝をつき、静かに頭を垂れた。

 良将はその肩に手を置き、しばし言葉を選ぶように沈黙した。

「我は誇りに思う」

 将門の眉がわずかに動いた。

 開拓者として土と汗にまみれた日々。それが良将の道であり、誇りであり、すべてだった。だが、受領としていかに励もうと、高位高官を望むことは叶わない。どれほど武威を示そうとも、武家は堂上の風下に置かれてきた。

「汝であれば、いずれ御代を支える卿となることも夢ではあるまい。将門よ、京へ発て」

 思いもよらぬ父の言葉に、将門の胸で驚きと緊張がせめぎ合った。

 それは父の愛であり、武家の棟梁たる決断でもあった。そして同時に、良将自身が果たせなかった夢の、消え残る炎でもあった。

「この坂東の地に戻るも、都に残るも……汝が決めればよい」

 良将はそう言うと、息子の両肩をしっかりと抱いた。

 その掌には、武家の棟梁としての力強さと、父としての慈しみが同時に宿っていた。それは、我が子への願いであると同時に、武家の未来を見据える者の祈りでもあった。

 将門は静かに息を呑んだ。

 庭を渡る風が、金木犀(きんもくせい)の香りを運んだ。


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