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北辰の冥影 ~将門炎舞記~  作者: 浮島太郎
星翳りの戦、破れの刻

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病躯に宿る義 

 動けない大将と、圧倒的な兵力差。

 兵力の劣勢に加え、指揮もままならず、将門の兵たちは失意に沈んでいた。

 水郷の隘路を生かせば、地の利は得られる。だが、それを頼みに迎え撃とうにも、兵が少なすぎて、防衛線を敷くことさえままならない――もはや、勝てる要素はなかった。


 だが、敵は必ずや、ふたたび来る。

 良兼が一度の勝ちに満足して兵を引くはずがない。

 このまま良兼に抗することなく退けば、将門を恃(たの)みとしてきた常総の与党は揺らぎ、やがて豊田、猿島の地に築いてきた将門の威勢にも翳りが生ずる。

「なんとしても、ここで食い止めねばならぬ」

 将門は、痛みに耐えながら、ゆっくりと身を起こした。

「殿!」

 控えていた郎党が、慌てて膝を進めた。

「その御身ではなりませぬ。此度ばかりは、何卒、お控えくだされ」

「控えて、どうする」

「されど、その御脚では、馬を駆ることさえ……」

 将門は答えず、しばし己の脚を見下ろしていた。

 やがて低く言った。

「我を討ち取るまで、良兼による暴虐と破壊は終わらない」

「さればこそ、御身を大事になされませ」

「ならぬ」

 その声は、かつてのように張りのあるものではなかった。

 だが、その一言には、なお人を従わせる強さがあった。

「良兼は、すべてを焼き尽くす……民草は蹂躙され、田畑は悉く打ち壊される。家族を奪われ、心は砕かれ、再び立つことさえできなくなるであろう」

「殿……」

「そこに残るのは、もはや地獄だ」

 将門は顔を上げた。

「ただ指をくわえて、民草が地獄に落とされる様を見ていることなど許されぬ」

 郎党は黙った。

 将門は息を整え、あらためて口を開いた。

「良兼が来る以上、我が出ねばならぬ。この戦、避けては通れぬ」

 声音こそ弱っていたが、その言葉には否を許さぬものがあった。

「良兼も、それを承知で攻め寄せてくるのであろう」

 郎党はなお何か言おうとしたが、やがて諦めたように頭を垂れた。


 ほどなく、館の前には黒騎馬の精鋭が集まった。

 彼らの顔にも、一様に懸念の色が浮かんでいた。

 それでもなお、彼らは将門に従った。

 幾度となく死地を越え、敵を破り、窮境を切り抜けてきた主(あるじ)。――将門という男の背に宿る破軍の星を、武士(もののふ)の気を、彼らは信じていた。


 馬が引かれてきた。将門は黙して手綱を取った。鐙(あぶみ)に足を掛ける。

 その刹那、鋭い痛みが脚の奥を走った。

 わずかに顔を歪めたが、呻(うめ)き声を噛み殺すと、そのまま鞍へ身を押し上げた。

 将門は何事もなかったかのように手綱を整えた。

「覚悟をもって、死地に向かうべし」

 短く告げると、馬首を堀越渡へ巡らせた。


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