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北辰の冥影 ~将門炎舞記~  作者: 浮島太郎
怨と義の京召喚

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検非違使の審

 ――平安京・太政官府。

 武蔵権介・源仕より届いた解状が読み上げられると、公卿たちの袖がわずかに揺れた。

 誰かが扇を閉じる音が、静まり返った庁舎に響く。

「坂東の下級貴族の私的な諍いにすぎぬのではないか……」

「平氏も源氏も皇統の血脈。捨て置くわけにもいかぬ……」

 審議は程なくまとまり、太政官は主上への奏聞を決めた。

「平将門、平真樹、源護。三名、速やかに上洛せしめ、事の真偽を糺すべし」

 その文言を記した官符は、急ぎ東国へと発せられた。


 ――下総・豊田館。

 国豊は下総の将門の屋敷に赴き、常陸国府に届いた太政官符の巻物を両手で広げた。

 将門が顔を上げるのを待ち、静かに告げる。

「将門殿。太政官より、上洛の召しでございます」

 将門は眉を寄せる。

「――京へ召すか。何を糺すつもりだ」

 国豊は一度だけ将門の顔を見た。

 怒りを煽らぬよう、文面をそのまま読み上げる。

「武蔵権介・源仕の訴えにより、将門殿、真樹殿、源護殿の三名、上洛して騒乱の真偽を糺すべし――と」

 将門は深く息を吐いた。

「――源護め。常陸で通らぬと見て、嵯峨源氏の一門を頼ったか」

 国豊は静かに頷いた。

「権介殿には、将門殿の名が大きくなりすぎて見えておりましょう。源護殿の訴えは、将門殿の勢力を削ぐに足る口実となりましょう」

 将門はしばし沈黙し、やがて静かに言った。

「――逃げぬ。検非違使に、こちらの理を述べる」

 その言葉と同時に、庭を風が駆け抜けた。

 軒の金具が鳴り、厩の馬が短くいなないた。

 嵐の前触れだった。

 やがて将門は目を閉じた。風の音が収まるのを待ち、短く告げる。

「上洛の支度をせよ」

 家人たちがざわめく。

 ざわめきの中から、国豊が一歩進み出た。

「小次郎さま。これは裁きの召しに見えて、政の罠でもあります。都には、源仕殿の訴えを、己が利に用いようとする不心得者も居りましょう」

 将門は国豊の忠告を受け止め、静かに頷いた。

「わかっている。だが、背を向ければ負けだ――偽りを正面から斬り払う」

 支度はすぐに館中へ広がった。

 馬具を磨く音、革紐を締める音、供の名を呼ぶ声が、

 冬空の下で重なっていく。

 将門は天を仰いだ。

(これで――坂東の見納めになるやもしれぬ)

 胸に、言いようのない不安がよぎった。


 ――浮島・国豊の館。

 国豊は灯火の前に座し、机上の文書を見つめていた。

 源護の訴状、源仕の解状、そして朝廷の太政官符。

(……小次郎さまは「義」の人。だが、朝廷は必ずしも義で動くわけではない)

 国豊は、将門が調停のため真壁へ赴いた日のことを思い返した。

 争いを止めようとした将門。

 待ち伏せた源護、討たれた三子。

 焼け落ちた館。

(将門殿は「正しきこと」をした。だが、それが太政官の目にどう映るか……)

 国豊は拳を握りしめた。

「将門殿を、ひとり京へは送れぬ」

 決めた以上、迷いはなかった。国豊は立ち上がり、控えていた家人を呼ぶ。

「支度を――。私も将門殿とともに上洛する」

 家人が驚きの声を上げた。

「大掾様まで……」

 驚きの声を受け流し、国豊は静かに頷いた。

「案ずるな。忠平卿に、久方ぶりにご挨拶したくなっただけだ」

 だが、その決意は揺るぎなかった。


 ――平安京・検非違使庁の審問の場。冷えた床板に、将門と真樹の膝が沈む。

 正面には、光孝天皇の孫にあたる検非違使佐・源兼忠が、表情を動かさず座していた。

「常陸国源護の訴状、ならびに武蔵権介源仕の解状により、平将門、平真樹の両名を召し進める。これより事の次第を問う」

 兼忠は淡々と口上を述べた。

 源護の訴状と源仕の解状に対し、国豊は事前に「陳状」を提出していた。検非違使の官人たちは、訴状・解状と陳状を照合し、将門と真樹に略問を行うことを決した。

 呼ばれると、将門は一歩進み出た。

 冷えた床の感触を膝に残したまま、静かに述べる。

「源護殿は、禁足を名目に加波山の堰を閉ざし、修繕を妨げました。

 水を断たれた大国玉の民は飢え、争いは避けがたくなりました。

 真樹殿の請いを受け、私は血を止めるために真壁へ赴いたのです」

 声は揺れず、言葉は簡潔だった。

 だが、握った拳の節だけが白くなっているのを、国豊は見逃さなかった。

「されど護殿は、三子をもって道を塞ぎ、私を討とうとした。討たれた三子は、その待ち伏せの中にありました。私は、己と供の命を守ったまでにございます」

 当時は、本人が自ら述べる言葉が重く見られた。

 将門と真樹は速やかに上洛し、経緯を筋道立てて述べた。

 証言は国豊の陳状とも矛盾せず、官人たちの心証を損なわなかった。

 さらに、太政大臣・藤原忠平の意向も働いていた。

 下野守・藤原弘雅の顛末書と国豊の手紙を受けた忠平は、密かに源兼忠へ、事理を見誤らぬよう含めていたのである。

 こうして検非違使庁は、この一件を重罪とは見なさなかった。

 将門と真樹の行動は、微罪として処理された。


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