↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北辰の冥影 ~将門炎舞記~  作者: 浮島太郎
孤島の牙

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/161

反撃の烽

 刺客の影が湿地へ消えた翌朝、浮島の館には白い朝霧が残っていた。

 国豊は五月を抱き寄せた。五月は夫の胸に顔を埋めたまま、袂を握りしめた。声は細く、まだ夜の恐怖を帯びていた。

「恐ろしゅうございます。けれど……どうか、私をお傍に置いてくださいませ」

 霧の向こうで水鳥が一声鳴いた。

 国豊はその声を聞いてから、ようやく妻の背に手を回した。


 その夜、香取氏の使者として五月の父・香取道連が舟を寄せ、国豊の前に座した。

「この浮島に襲撃があったと聞いた。何者の仕業か、目星はついておるか」

 道連はしばし国豊を見据えた。燭台の火が小さく揺れ、板戸の外で水が鳴った。

「この常陸国で、私を消して益を得る者は一人。維幾殿を措いて、他にございませぬ」

 道連は、怒りを政の顔の奥へ押し込めるように頷いた。

「夜陰に流海(ながれのうみ)を渡り、この要害へ忍び込む。並の賊ではない。

 ――常陸介の差し金であろう」

 声は静かだったが、言葉の端に刃があった。

 国豊は膝の上で拳を固めた。

「ならば明日、国府へ参ります。維幾殿の面前で糾してみせましょう」

 道連は顔色を変え、鋭く首を振った。

「ならぬ! 国府へ入れば、帰れぬと思え。捕らえられるか、口を封じられるか。もはや国府に道理はない」

 道連は娘の震える手を包み、それから国豊へ向き直った。

「我ら香取は、国豊殿を支える。――だが、香取だけでは足りぬ」

 国豊の膝の上の拳が、ゆっくりとほどけた。

「――いずれの御方を頼るべきでしょう」

 道連は燭台の火へ目をやり、声を一段落とした。

「下総の小次郎将門殿だ」

 ――その名は、政としてではなく、燭光のように国豊の胸を打った。

 幼い頃、忠平の屋敷で親しみ、兄とも慕った小次郎将門。その偉丈夫の大きな背を、国豊はいまも覚えていた。

 国豊は、懐かしさと畏れの入り混じった声で、その名を繰り返した。

「――将門殿」

 道連はすぐには答えず、杯の縁に指を置いた。

「維幾の背後には、源護の縁者、平国香がおる。将門殿とは浅からぬ因縁を持つ。一方で、大国玉の平真樹殿、古族の県犬養氏は、己の娘を将門殿に嫁がせておる」

 道連は杯から指を離し言葉を継いだ。

「香取、県犬養、大国玉――その縁を辿れば、将門殿へ届く」

 国豊はしばらく黙っていた。

 やがて、五月の手を握ったまま言った。

「常総の縁(えにし)を束ねよ、ということですな」

 道連は頷いた。

「そうだ。維幾に抗うには、もはや一族一門の力では足りぬ」

 ――国豊は、坂東の諸縁を結び直す道を選んだ。反撃の烽は、この常総の縁を辿って、将門へ火種を散らし始めていた。


 奇しくも浮島襲撃と刻を同じくして、大国玉の平真樹は、筑波山麓で水をめぐる別の火種に苦慮していたのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。