薄桃の光路
国豊を乗せた牛車は、朝の薄霧を静かに割りながら北へと進んだ。母と離別した国豊は、まだ残る温もりと寂しさとを胸の奥に抱えつつ、揺れる簾越しの景色を不安げに見つめていた。
平安京が近づくにつれ、空気そのものが変わっていった。白く煙る霧は、いつしか薄桃色の光を帯び、国豊には都そのものが淡い色香をまとって迎え入れてくるように思えた。
国豊は、思わず息を呑んだ。
ここは、雅が凝縮されたかのような都であった。人々の往来は優雅で、衣の裾が風に揺れるたび、香の匂いがふわりと漂った。都全体が、ひとつの大きな雅楽の調べのように、洗練された華やぎを織りなしていた。
碁盤の目のように整然と区画された大路に面した、広大な敷地を有する寝殿造の邸宅。囲われた敷地の内側は箱庭のように端正で、四季の花々が香りを競い合い、どこを見ても秩序と美が調和していた。
檜皮葺の屋根は落ち着いた茶に沈み、ゆるやかな曲線を白砂の庭へ落としていた。幾重にも重なる檜の皮は歳月を吸ったように艶を宿し、光を受けるたび、雲の影のように静かに色を変えた。
それらを囲む築地塀には、白い定規筋が幾筋も引かれ、その線の数が、ここに住まう者の位階の高さを物語っていた。
そして、軒先を抜ける風は、檜皮の香りをかすかに運び、邸内に漂う沈香と混じり合う。その匂いだけが、遠い山里の記憶をふと呼び戻した。
やがて牛車は、右大臣・藤原忠平卿の邸宅に入る。
東側の正門は、堂々たる四足門であった。太い柱と四本の控え柱に支えられ、牛車がそのまま通り抜けられるほど広く高い。門を潜ると、外界の喧騒はすっと遠のき静謐な世界が誘う。
白砂の庭は朝の光を受けて淡く輝き、白木の丸柱は清らかに立っていた。蔀戸の格子からは光と風が細く通り抜け、都の邸に満ちる静けさを、いっそう澄ませている。
透垣の向こうには、女房たちの衣擦れの音がかすかに響き、どこかで絶えず焚かれている沈香の匂いが、邸内の空気を静かに満たしていた。




