初政の朝
朝廷から常陸の政務を担う要職を任された国豊は、吉日を選び、常陸国府に入った。夜明け前の石岡は、まだ薄墨の底に沈んでいた。
国豊は馬上から常陸国府の正門を見上げる。板材の門は飾り気なく、ところどころ黒ずんだ瓦葺の大屋根は、長く雨を吸った獣の背のように重く垂れていた。
朱塗の門に慣れた京の目には、その質実さよりも、まず陰りが映った。
この屋根の下には、総勢五百を超える官人たちが働く巨大な行政機構が息づいているはずであった。
だが、門をくぐった瞬間、国豊を迎えたのは活気ではない。目を伏せた者たちの沈黙と、見てはならぬものを避ける気配だけが、廊に薄く満ちていた。
さらに先へ進み、中門をくぐると、左右に東院と西院、その奥に政務の中心である正庁が構えている。
実務を担う下級役人たちが正庁の扉を開けると、荒く削られた太い柱が並び、中央には大掾である国豊の座が用意されていた。
国豊はその座に軽く視線を向けたが、すぐに前へ歩き出した。
常陸では、名目上の長官に都の親王を置いていた。しかし親王は任地へ来ないため、現地では次席の役人である常陸介・藤原維幾が、実質的に政務を握っていた。
維幾は最奥の薄暗い御簾の奥で背を反らし、国豊を見下ろすように座していた。
国豊は恭しく、着任を知らせる文書を差し出した。
「藤原朝臣国豊。このたび常陸大掾を拝命し、ここに着任いたしました。常陸介殿の御差配のもと、法と公の務めに背かぬよう職務を尽くします」
維幾は御簾の陰から国豊を見下ろし、返礼の言葉さえ惜しむように、片眉だけをわずかに動かした。
「ああ、聞いた。騒ぎを起こさず、ほどほどに励まれよ」
声は平らで、言葉の形だけが役目を果たし、心はすでに別の場所へ退いているようであった。
維幾は顎をわずかに上げ、責めを避ける道筋をあらかじめ塞ぐように、言葉を継いだ。
「さて、ご承知であろうが、前任の大掾は任の半ばで没した。ゆえに、その間の事どもは、今さら細かく継ぐにも及ぶまい。国府の印と正倉の鍵は、少掾たる我が子・為憲より受け取られよ」
穏やかな言い回しの底には、明らかな牽制が潜んでいた。
「見ぬほうがよいものもある。長く勤めたいなら、なおさらな」
維幾は目を閉じたまま為憲の方へ顔だけを向け、雑事を払い落とすような声音で命じた。
「私は忙しい。為憲、あとは手早く済ませよ」
そのまま答えを待つこともなく、維幾の姿は御簾の奥へ沈んだ。
為憲は父とは対照的に、過剰なほど深く頭を下げた。
唇には柔らかな笑みを浮かべていたが、その目だけは国豊の動きを細かく測っていた。
「藤原朝臣為憲にございます。常陸少掾として、いささかでもお役に立てますれば幸い。大掾殿、国府の印と正倉の鍵は東院にございます。さあ、こちらへどうぞ」
丁寧な案内の一語ごとに、己の失策を覆い隠そうとする薄い膜が張り付き、国豊はその奥に、まだ名のない腐臭を嗅ぎ取った。




