鳥辺野無常
母の灯は、国豊がその温みへ手を伸ばすより早く、鳥辺野の風の中で、音もなく消えていた。母に仕えていた女房が、口伝えにそっと告げたのである。
国豊は初め、その言葉を聞き取れなかった。女房の唇が動くのを見つめたまま、膝に置いた手だけがゆっくりと握られていく。爪が掌に食い込んでも、痛みは遅れてしか来なかった。
「……母君が」
声にした途端、喉が裂けるように熱くなった。国豊は立ち上がろうとして畳に手をつき、そのまま崩れた。礼も、官人としての慎みも、その瞬間には形を保てなかった。
胸の奥から押し上げてきた声は、獣の呻きに似ていた。国豊は袖を噛み、畳に額を押しつけた。幼い日に抱かれた温みも、宇治で見た痩せた横顔も、信太浮島へ連れて行くと告げた夜の灯も、堰を切って押し寄せた。
女房は声をかけられず、ただ傍らで袖を濡らしていた。国豊は畳を掴む指に力を込め、幾度も母の名を呼んだ。返る声がないことだけが、ようやく死を本当のものにしていった。
身寄りの乏しい側女や妾は、死期が近づけば郊外へ移され、葬礼もなく野へ送られることがあった。夕霧もまた、宇治から鳥辺野へ運ばれ、墓標ひとつない場所に置かれたという。その扱いの軽さこそ、国豊には母の死に重なる侮辱として突き刺さった。
国豊は遺体に近づくことを許されず、遠くから見送ることすら叶わなかった。東山へ運ばれた母の魂を遙かに拝し、声が尽きるまで冥福を祈るほかなかった。
この時代、死の穢れを避けるため、公的な場では喪を表に出さないのが儀礼である。
しかし国豊は、母の死を知ったその瞬間から触穢として出仕を止め、正式に忌引きを願い出た。
兵衛府に連なる近衛府の少将である仲正は、これを聞いて激怒した。国豊の行動によって、自らの体面に泥を塗られたと感じたのである。
「兵衛尉の亡母は、蔵人少将の妾だそうだ」
「その少将の庶子が、これ見よがしに忌引きを乞うたとか」
「妾とはいえ、大夫が側女を弔うこともしないとは吝嗇な……」
仲正は、国豊を呼びつけると、几帳の陰からゆっくりと姿を現した。
仲正の怒りの色には、冷えた水のような静けさがあった。
「触穢と称して出仕を止めたと聞いた……」
国豊が口を開くより早く、仲正は淡々と続けた。
「汝の母の死は、政には何の関わりもない。穢れを持ち込み、官人の務めを左右するなど恥じゃ」
声は低く、抑制されていた。しかし、その凪いだ調子こそが、国豊には耐え難かった。
「兵衛尉が忌引きを乞うたと、殿上で笑い草になっている。……我の名まで引き合いに出された」
仲正は国豊を見ない。ただ、遠くの一点を見つめるように言葉を置いた。
「汝は、我の体面を損なった。それだけは言っておく」
国豊の手は、膝の上でかすかに動いた。宇治の廊で下男の喉を締め上げたときと同じ指の形になっていることに、遅れて気づく。親への礼を守るために伏せた額の下で、奥歯だけがきしりと鳴った。
斬りたいのではない。そう思った。だが、そうしてしまえば母の名を二度と辱められずに済むという考えが、ほんの刹那、胸を過った。その一念を抱いた自分に、国豊は息を呑んだ。
仲正の言葉を聞いた瞬間、宇治の夜に芽生えた嫌悪が、ようやく輪郭を得た。父の名に守られることも、父の名に縛られることも、もはや望まない。自分の足で立つのだと、国豊は声にせず誓った。
「いつか、この男の名に縛られぬ者として立つ」
夕霧の死と国豊の忌引きの報せは、やがて忠平卿の許にも届いた。忠平は文を読み終えると、しばらく伏せたまま動かなかった。忠平は何も言わず、ただ短く息を吐いた。その沈黙が、仲正への評価のすべてであった。
咎めも庇いもしない。ただ、若い武官が選んだ道の重さだけを、黙って受け止めた。
国豊は自室に籠り、札を張り、読経して過ごした。経を読む声は、夜が更けるほどにかすれた。国豊は何度も数珠を繰り、気づけば珠のひとつを強く握りすぎていた。掌の痛みだけが、母を悼む心と父を傷つけたい衝動とを、かろうじて隔てていた。
答えは出なかった。国豊は額を床に伏せた。唇の内に残った経文だけが、かろうじて彼を人の側へ繋ぎとめていた。
やがて国豊の内には、ひとつの思いだけが鋼のように残った。
――いつか力を得て、己の義を貫き、母の魂と共に坂東へ至るのだ、と。




