霊戦の均衡
将門は、石井営所が戦禍に巻き込まれることを恐れ、鬼怒川の近く、湿地帯に囲まれた要害・鎌輪宿まで退いて兵馬を整えた。
地理に不案内な貞盛・秀郷の連合軍を泥の底へ引きずり込むため、将門は兵を散らし、湿原の闇に身を沈めた。
将門は湿原の静けさの中で、舎弟たちの黒騎馬の到着を粘り強く待ち続けた。
その間にも、水郷の山野に隠棲する民――国巣衆、佐伯民、夜刀族、そして負名の集落からも、将門を信奉する「まつろわぬ民」が、続々と湿原へ集まった。
彼らは、将門の影を“導きの影”と信じ、その呼び声に応じるように姿を現した。
広江案内――葦原と泥濘が果てなく続く。この湿原の奥深くに敵を誘い込み、葦の影に伏兵を潜ませ、泥濘で動きを奪って殲滅する――それは、将門軍がもっとも得意とする戦い方であった。
二月十三日。
貞盛・秀郷の連合軍は、将門の誘導に乗らず、湿原の罠を無視し、手薄となった石井営所を正面から突いた。秀郷軍は悉く火を放ち、将門の本拠地を容赦なく焼き払った。
のちに「石井の焦土戦」と呼ばれる一撃であった。炎は政務の殿舎を呑み、倉を焼き、家々を崩した。
早春の寒空の下、民は住む家を失い、家財を焼かれ、路頭に迷った。
「将門公は、武神ではなかったのか」
「なぜ、将門公は石井を離れたのか」
命だけは対岸へ逃れてつないだものの、家を焼かれ、財貨を失った石井の民たちの怨嗟は、冷たい風のように将門へ向けられた。
その間にも坂東八か国の勢力図は、わずかな日数で激変していった。
坂東の諸族は、己が氏族の生き残りのため、あるいは武功を立てて恩賞に与ろうと、次々と将門へ反旗を翻し、将門方の拠点を襲い、朝廷への忠誠の証として首級を求めた。
これまで将門の庇護のもとで勢力を得てきた与党の諸族らさえもが、
「都から征東大将軍の万の大軍が攻めてくる」
「鎮守将軍までもが貞盛に寝返って蝦夷の援軍を送った」
と聞いて震えあがり、次々と朝廷側へ寝返った。
黒騎馬は精鋭であったが、諸族の包囲網はあまりに厚く、道々で、将門との合流を阻まれ、足止めされた。相模・伊豆・安房・上総に散っていた黒騎馬は、将門の危急に馳せ参じることができぬまま、いたずらに日数を費やした。
坂東八か国では、至るところで争いや略奪が巻き起こり、将門を信奉する諸族と、朝廷に与する諸族が相争い、大地は混迷の極みに沈んだ。正倉・不動倉は略奪され空となり、奪った者は、また別の者に襲われる。
――秩序は破壊され、暴力が支配した。
農民・農奴であっても男は武器を取り、女や子供は山地や湿原の奥深くへ逃げ込んだ。村々は焼かれ、田畑は放擲されて荒れ果て、穀物は実らず、飢えが襲った。血塗れの死体が野に晒され、蛆が湧き、汚染は伝染病を呼び、人々は恐怖に震えた。
さらには天変地変が頻発し、大地震が起こり、津波が押し寄せた。水郷地帯は水没し、濁流がすべてを押し流した。山野に隠れた人々は息をひそめた。
坂東の民たちが心に描いた「王道楽土」の夢は破れ、結果として、坂東の地に地獄を生み出したのであった。




