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北辰の冥影 ~将門炎舞記~  作者: 浮島太郎
雷光の刻

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雷鳴、天地を裂く

 戦場の空は不自然に静まり、朔風も枯葦の音も消えた。その奥で、天がかすかに白く瞬いた。

 馬上の将門は、鷹揚に天を見上げて呟いた。

「来るか……憎き雷(いかづち)の匂いがする」

 その瞬間、天を裂くように稲妻が走り、戦場に凄まじい雷鳴が轟いた。

 丘陵の本陣に二本の光柱が奔り、秀郷と貞盛に雷神の加護を宿した。二人の戦気が極限まで高まっていく。

 甕速日神の霊力が秀郷に宿る――。

 筋肉が硬く膨れ上がり、血が沸騰するような感覚が駆け巡る。甕速日神の荒ぶる霊力は、秀郷の蛮勇と槍働きに結びつき、雷獣のような勇猛さを全身に漲らせた。

 貞盛は、樋速日神の雷光に包まれた――。

 樋速日神の雷光は貞盛の射術に結びつき、弓手を熱くした。力は増し、感覚は研ぎ澄まされた。

 秀郷も貞盛も、いったい何が起きているのか分からぬまま茫然自失であったが、やがて、二人の胸の内に厳かな声が雷鳴の如く響いた。

「――汝らに授けた神威を以て、星神・将門を討て」

 秀郷も貞盛も、この言霊に神の臨在を感じ、すべてを理解した。

 湿原は、常世と現世が交錯する“光と闇の戦場”となった。

「将門──貴様を討つのは、この俺だ」

 雷鳴が轟き、槍先が稲妻の如く、白く輝いた。秀郷は雷神の加護を纏い、馬を蹴って前へ躍り出た。

「我が矢は神仏の怒り──将門、天罰を受けよ」

 貞盛は神威が宿った弓を引き絞り、雷矢を放った。雷矢は空を裂き、将門軍の前衛を貫いた。

 将門は、冷たい笑みを浮かべた。

「雷神の加護を得たか……だが、余の神威は、それすら呑み込む」

 将門は、黒馬の背から、静かに秀郷を見据えた。

 二人の距離が、ゆっくりと、しかし確実に縮まっていく。

「秀郷よ――いざ、参る!」

「おう!」

 秀郷と将門の影が重なった刹那、二人はほとんど同時に馬を蹴った。

 稲妻の槍と漆黒の魔剣がぶつかり、衝撃波が大気を裂き、大地を爆ぜさせた。

 白銀に輝く槍は、将門の鱗鎧の大袖に深く食い込み、漆黒の魔剣が、秀郷の星兜を掠め、星板を斬り飛ばした。

 ――秀郷の頬に一筋の血が流れる。

 この機を逃さず、貞盛が、雷神の加護を宿した弓を高く掲げ、箙に手を掛けた。

 だが、秀郷は将門の魔剣を受け流しながら、振り返りもせず怒声を叩きつけた。

「邪魔をするな! これは、俺の戦だ!」

 貞盛は一瞬、手を止めた。

 秀郷は、将門の剣戟を受けながら、なお叫んだ。

「俺の手で将門を沈める――横からこの機を奪うな!」

 貞盛は雷矢を下ろしながら、胸の奥で煮え立つものを抑えきれなかった。

 悔しさと羨望、嫉妬が、貞盛の胸に渦巻いた。

 雷光を纏いながら将門に対峙する秀郷の背中は、“英雄”の背中のように見えた。

「……妬ましい」

 貞盛の呟きは、雷鳴にかき消された。

 秀郷は再び槍を構え、将門へ向かって馬を蹴った。

 将門もまた、黒馬の首を撫で、魔剣を構え直した。

「いいぞ……将門。その首級(くび)、俺が頂く!」

 将門は笑った。

「斬れるものなら、斬ってみせよ! 雷神の子よ!」

 ――二人は再び馬を蹴った。

 雷光と瘴気が再び激突し、湿原の中央で二度、三度と火花を散らした。

 そのたびに、白い稲妻が爆ぜ、黒霧が震え、周囲の兵たちは後退った。

 互いの力は拮抗し、光と闇は、湿原の空に巨大な渦を描いた。

 ――秀郷の槍が将門の肩を裂き、暗黒の瘴気が秀郷の胸を焼いた。

 雷神の霊力はまだ体内に残っているが、その輝きは先ほどよりわずかに弱まっていた。

 秀郷の胸の奥で、雷神の声が微かに響いた。

 ――まだ終わらぬ。

 ――汝の槍は折れておらぬ。

 その声に応えるように、秀郷は荒い息を吐きながら槍を握り直した。

 一方、将門は黒馬の首を撫でながら、静かに息を整えていた。

「……雷神の子よ。よくぞ、ここまで余と戦った」

 将門の声は、もはや人の声ではなかった。

 貞盛は、雷弓を握りしめたまま、秀郷と将門の背中を見つめていた。

「……あれが、星神……」

 雷神の加護を受けたはずの貞盛でさえ、将門の異形を前にすると、胸の奥に冷たい恐怖が広がった。

 雷と闇がぶつかり合った戦場は、やがて膠着の泥へ沈んだ。双方とも進退窮まり、夕闇の帳が落ちつつあった。

 秀郷は槍を下げ、将門は手綱を引いて踵を返す。互いに背を向け、互いに退いた。

 雷鳴は遠ざかり、瘴気は薄れ、木枯らしが余韻を運んでいた。

 この日は決着を見ないまま日没を迎え、双方、損耗激しいまま兵を退いた。

 将門軍の猛威は凄まじかったが、敵の数は多すぎた。押し寄せる俘囚兵の波に、やがて退却を余儀なくされた。

 一方、秀郷・貞盛の軍もまた、勝利を掴むには遠かった。湿原には数多の骸が転がり、疲弊した兵は立ち尽くしたまま動けず、もはや戦意を失っていた。

 将門は黒騎馬の残影とともに湿原へ消え、秀郷の軍は唐沢山へ退いた。雷光は次なる決戦の兆しであった。



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