禁呪――雷神降臨
公津が原の護摩壇の炎は、すでに十日以上燃え続けている。
星神・天津甕星を抑えるため、寛朝は昼夜を問わず修法を続けていた。だが、体も心も限界に近かった。
寛朝の疲弊を映すように、焔が赤黒く揺らめいていた。
現世では、前哨戦の血の匂いと恐怖が渦を巻いている。
この負の想念が星神を刺激し、星神は、再び力を取り戻しつつあった。
将門の体内で星神の影が脈動し、魔人の力が蘇っていく。
寛朝は護摩壇の前で膝をつき、荒い息を吐きながら、震える指で印を結んだ。
「……星神の力が、再び満ち始めておる。このままでは、将門は完全に魔人と化す……」
――ならば、神威を人に宿らせ、星神の闇に対抗させるしかない。
神威を人の肉に宿らせる――神降の術――それは禁呪であった。
「……仏よ、不動明王よ。我が身を焼いても構わぬ。どうか、神仏の光を……この乱世を救う者へ降ろすことを、お許しください……」
寛朝の声は震え、口端から赤い血が一筋流れた。
その時、背後から静かな声がした。
「寛朝様――微力ながら、この忠行にもお手伝いをお許しください」
歩み出たのは陰陽師・賀茂忠行であった。
忠行は寛朝の疲弊を見て、もはや独力で星神を抑えるのは不可能だと悟った。
忠行の式神使役は「降神の原理」を式の姿で操る陰陽術であった。
忠行は大祓の祝詞で場を清め、降神詞を唱えた。
「掛けまくも畏き産土大神、屋船久久遅命、屋船豊宇気姫命、手置帆負命、彦狭知命等──此の神籬に天降り坐せと、恐み恐みも白す」
その声は護摩の炎と共鳴し、公津が原の空気が震えた。
「寛朝様、いずれの神を呼ぶかは、あなたの御心が決めるのです」
寛朝は息を整え、諸天善神へ祈り、真言を唱えた。
やがて鹿島神宮の気が祈りに応じた。天津甕星を封じた武神に連なる雷の気が、護摩壇へ流れ込む。
護摩の炎が轟き、霊界の扉が開く。――その瞬間、公津が原の黒雲を雷光が裂いた。
応えたのは、天之尾羽張の血から生まれた雷神であった。
――甕速日神
――樋速日神
建御雷神と同じく天之尾羽張の血より生まれた、雷神の兄弟であった。
二柱は稲光となって顕現し、修法に応じた。
二筋の稲妻が、公津が原から利根川を越えて、秀郷と貞盛の陣へ向かった。
寛朝は護摩壇の前で倒れ込みながら、かすかに呟いた。
「どうか、この雷神の加護をもって、勝利を……」
雷神の光が消えた後、公津が原には、ただ静かな風だけが吹いていた。




