唐沢山の罠、湿原の死地
藤原秀郷は、複数の勢力を動かし、将門に反旗を翻させることで、常陸国府に盤踞する藤原玄茂の主力軍を東方へ誘い出す陽動の計を施した――すなわち将門軍の北方兵力の分断、それが秀郷の第一の狙いであった。
平貞盛が娘を娶った海道平氏・石城泰道に兵を与え、常陸国東端――奈河久慈の海道沿いを南下させた。同時に、周辺の在庁官人や国造の末裔らに、押領使として将門追討の指令を送りつけ、これに呼応するよう挙兵を促した。
未だ、白河関からの敵の進軍を知らない玄茂は、常陸国内の治安維持と海路の掌握を重視し、秀郷の思惑どおり、主力軍を率いて奈河久慈と海道の叛乱分子討伐へ向かった。
そもそも、将門陣営は北方から大軍が押し寄せることを全く想定していない。秀郷・貞盛に幸いしたのは、この時、下野国守に任じられた御厨三郎将頼もまた、興世王討伐とその後処理のため、黒騎馬を率いて上総国に出向いていたことであった。その結果、下野国府には、僅かな留守居の兵が残るだけという、あまりにも脆い防備となった。この備えの薄さが、戦の帰趨を決めていたも同然であった。
下野国内を巡検すべき将頼の黒騎馬は不在であり、隣国常陸の玄茂の主力は秀郷の策に誘われ、海道沿いへと向かっていた。その瞬間、常陸国西部から下野国へ通じる道筋は、ほとんど無防備となった。
秀郷は、この隙を逃さなかった。本隊を白河関から一気に南下させ、軍事的空白となった下野国内に軍を進めたのである。秀郷の策は、まさに思惑どおりに進んだ。
鹿島氏・鳥取氏ら秀郷一門は、面従腹背の恥辱に耐えつつ、密かに唐沢山砦の防備を整え、潤沢な兵糧と馬を蓄えていた。秀郷の帰還を知った下野・上野の豪族、在地官人らは、まるで掌を返すように秀郷らを歓迎し、将門追討の軍勢に合流した。
「唐沢山に入る。下野は我が庭よ。兵を休ませ、将門の出方を探る頃合いじゃ。」
秀郷の声は淡々としていたが、その裏には、地の利を握る者の確信があった。
秀郷は千の兵を後詰として唐沢山砦に入城させ、残る三千を湿原と平地に配置し、将門軍迎撃の態勢を整えた。
天慶三年(九四〇年)二月一日。
下野国守・御厨三郎将頼が上総討伐に出向いている間、その留守を預かっていた多治経明と坂上遂高は、隣国・上野方面から警戒を続けていた。
その日、経明は数名の騎兵を率いて偵察に出た。冬枯れの林間を抜け、唐沢山を望む尾根筋に差しかかったとき、山道を進む秀郷軍の一部が視界に入った。
「敵影、あり。」
経明は馬上から鋭く息を呑んだ。秀郷軍が唐沢山へ入る――それは、下野を本拠とする藤原秀郷が本格的に動く証であった。
多治経明は、秀郷軍の一部が唐沢山へ入るのを見た瞬間、胸の奥で何かが弾けた。経明の胸に湧き上がったのは、危機ではなく、手柄を得る好機であった。
「敵将を討ち取る好機なり。」
その血気は、将門への報告という最も重要な手続きすら忘れさせた。経明は自ら手勢を率いて、冬枯れの山道を駆け上がり、唐沢山砦へ突撃した。
独断の奇襲であった。
だが――秀郷は、経明の性質まで読み切っていた。敵は正面から受け止めず、兵を左右へ散らし、陣形を崩したように見せかける。
「退け、退け!」
その声は狼狽ではなく、経明を山城へ誘い込むための「偽装退却」であった。「一騎当千」と称賛されるほどの武勇を誇る経明は、勢いに乗って追撃した。
唐沢山砦は、この時代には珍しく、秀郷が地の利を極限まで活かして築いた山城である。山腹は複雑に折れ曲がり、道は細く、急峻で、馬の進軍には不向きだった。だが、山城の罠へ踏み込んだことに気づく者は、誰一人いなかった。進むほどに、地形そのものが敵となる。
最初に経明の騎馬を阻んだのは、道を塞ぐように並べられた逆茂木だった。槍の穂先のように尖った木々が道を埋め尽くし、馬は前へ進むことも、後ろへ退くこともできない。
「道が……塞がれている……!」
兵が叫ぶ間もなく、崖上から岩石が落ちてきた。轟音とともに岩が砕け、破片が兵と馬を巻き込み、その場で数名が押し潰された。
続いて、俘囚の短弓が火の雨のように降り注ぐ。矢には神経毒が塗られており、かすり傷でも身体が痺れ、動けなくなる。
「足が……動かぬ……!」
兵は次々と倒れ、馬は苦悶の声を上げて崩れ落ちた。
経明の兵は、砦を焼き払うために油を携えていた。
だが、その油壺こそが、経明に致命的な損害を与えた。
俘囚が火矢を放つ。
油壺が割れ、炎が一気に広がる。
「火だ! 火が回るぞ!」
逃げ場のない細い山道で、炎は瞬く間に兵を包んだ。逆茂木が退路を塞ぎ、空堀と土塁が迷路のように入り組み、兵は毒に侵され前にも後ろにも進めない。炎は、身動きが取れない経明の兵たちを、容赦なく生きたまま焼いた。
その光景は、まさに阿鼻叫喚の地獄であった。
秀郷は、恐怖を植え付けるために使える手段をすべて使った。岩石落とし、毒矢、火攻め――それらは単なる罠ではなく、兵の心を折るための「心理戦」であった。一騎当千と謳われた多治経明でさえ、この地獄の罠の前では、敵と刃を交えることすらできなかった。
経明の先鋒軍は、一瞬で壊滅した。
経明自身は、炎と毒矢の雨の中を命からがら逃れ、山道を転げ落ちるようにして平野部へ敗走した。唐沢山砦から転げ落ちるように敗走した多治経明は、泥と血にまみれた姿で、後詰を任されていた坂上遂高の陣へ駆け込んだ。
「砦は……罠だ……秀郷が……!」
言葉にならぬ叫びに、遂高はすべてを悟った。秀郷は唐沢山を囮とし、経明を完全に誘い込んだのだ。経明の兵は壊滅した。
遂高は即座に判断した。
「ここで退けば、秀郷は勢いのまま下野国府を奪う。 経明殿の兵の仇を討ち、軍の体勢を立て直すしかない。」
征夷大将軍・坂上田村麻呂から続く武門の家風を背負う者の声は、静かで揺るぎなかった。遂高は五百の兵を率い、湿原へ軍を展開させた。
冬の湿原は、地面が凍りつきながらも泥を含み、馬の足は沈み、動きは鈍る。
「平原へ出られれば、騎馬の機動力で秀郷軍を押し返せる。」
遂高はそう判断したが、秀郷はその思惑を読んでいた。湿原の縁には、秀郷の伏兵が潜んでいた。秀郷の上州馬の騎馬隊が、湿原の影から一斉に姿を現した。
「来たか……!」
遂高は弓を引いた。田村麻呂の血統を引く者らしく、その射は正確で、敵の先頭を射抜いた。
だが――秀郷軍は止まらなかった。鍛え抜かれた秀郷軍の上州馬は湿原に慣れ、ぬかるみをものともせず突撃してくる。湿原を逃げ回る遂高軍は、秀郷軍の騎射の格好の的となった。矢は確実に命を奪い、逃げ惑う兵の息の根を止めていく。
騎馬隊の突撃が終わると、秀郷は俘囚軍に合図を送った。
「射よ。」
短弓と弩が一斉に放たれた。豪雨のような矢が空を覆い、湿原の天は黒く染まった。
矢は途切れず降り注ぎ、前列が射終えると後列が入れ替わり、矢継ぎ早に連射が続く。
遂高の兵は、馬上で、あるいは泥に沈みながら、血塗れの針衾となって倒れていった。
立ったまま絶命する者もいた。
遂高は、湿原の中央で孤立した。周囲には倒れた兵と馬が散乱し、矢が突き刺さったまま動かぬ者も多い。
「我こそは前の征夷大将軍、坂上田村麻呂の末裔、坂上遂高なり!」
遂高は弓を捨て、太刀を抜いた。湿原の泥が足を取るが、その姿勢は崩れなかった。
秀郷の騎馬隊が迫る。
遂高は太刀を構え、馬の胸を斬り裂いた。馬が倒れ、騎兵が転げ落ちる。
遂高はその首を刎ねた。
武門の矜持は、最後の瞬間まで揺らがなかった。
だが――数の差は歴然としていた。俘囚軍が遂高を包囲し、短弓の矢が四方から飛んだ。
遂高は胸に矢を受け、膝をついた。
「もはや、ここまでか……」
その言葉は、湿原の風に消えた。遂高は、泥の上に静かに倒れた。
俘囚軍は、大地を揺るがすほどの咆哮を上げながら、生き残った敵兵を押し包み、襲い掛かった。それは、まるで地獄の餓鬼が亡者に群がる光景そのものであった。一騎、また一騎と、武者の首級は奪い合われ、手足は引きちぎられ、武具・装備は一つ残らず剥ぎ取られた。湿原には無数の骸が転がり、血だまりが点在していた。
多治経明の先鋒軍は壊滅し、坂上遂高の後陣も全滅した。
この初戦で将門側は、精鋭五百余騎を一気に失った。
――秀郷は、湿原の戦いをも完全に制した。
経明は坂上遂高の憤死を見届け、生き残った兵を纏めて、石井営所に向けて敗走した。
秀郷は、その兵の数を一瞥し、追撃の手を緩めた。
「これでよい。将門は必ず奴らの救援に出る。その時こそ討つべき時だ。」
秀郷は静かに言った。
唐沢山の罠は、将門を誘い出すための第一手にすぎなかった。
秀郷の用兵は、まるで将門が国巣衆を操るのを模倣するかのように巧みであった。経明の軽挙は、秀郷の思惑どおりに罠へ落ち、戦局は秀郷の掌の上へ転がり始めた。
常陸海道に盤踞する諸族を攻める玄茂らの主力軍に背後を衝かれぬよう、秀郷・貞盛の連合軍は、まず唐沢山に五百の兵を残し、後詰の備えを固めた。さらに、下野国周辺の平原や湿原には、兵站補給の部隊に加え、将門軍の伝令や物見を一人残らず刈り取るため、主要街道から脇道に至るまで兵を分散して配置した。
彼らが最も恐れたのは、坂東一円に散っている将門の弟たち――黒騎馬が急報を受けて駆け戻り、四方から挟撃してくる事態である。ゆえに、情報統制と情報遮断こそ、この進軍の成否を握る鍵であった。




