覚醒、星影のほころび
二振りの光剣は天津甕星の霊威を削ぎ、絶対性に初めて翳りを刻んだ。将門を塗り潰していた星神の声は遠雷のように薄れ、胸奥に残響として漂うだけであった。
公津が原の霊戦は寛朝の法力に制され、星神の内に裂け目を生じさせたのである。その裂け目から、将門は、ふとした瞬間に正気を取り戻した。
胸の奥に沈められていた“自分の意識”が、徐々に戻りつつある。その気づきは、闇の底に差し込む微かな光のようであった。同時に、薄れゆく星神の神威の隙間から、ふと、雪原で星神と対峙した日の記憶が蘇る。
――あの日、星神は将門に告げた。
「民はお前を選んだ。故に、選ばれた者として王の責務を果たせ。」と。
――だが、将門は抗った。
「私はただ、民を、坂東を守るために戦うのみだ。我は朝廷の臣。主上に弓引くつもりはない。」
だが、星神は、将門の心を見透かすように、将門の意識へ「太古の光景」を流し込んだ。
星神が、将門に“王たること”を求める理由、その始源――それは、太古の国譲りの時代、天津神に「まつろわぬ二柱」の対話であった。
――武神・建御名方は、天津甕星に向かって言った。
「汝が居るから安心だ。民を導き、民を治める星の神よ、後のことは託したぞ。」
建御名方は東国に思いを馳せながら、そう言い残して諏訪の地に鎮座した。
星神は、ただ将門に戦乱を煽ったわけではない。星神が、将門に求めたのは「戦の後」を見据えた“王たる器”であった。
“民を導き、民を治める星の神”は、静かに告げた。
「戦の後を見よ。荒れた田畑に民だけを残して良いわけがなかろう。誰が民を治め、導くのか。それを担うのが“王の器”よ。」
そう語った星神は、どこか微笑んだように感じられた。
――その言葉だけは、将門の胸に深く刻まれていた。
将門は、武人として威を示し、力で受領を追放し、民の苛酷な負担を取り除いた。
――それは確かに義であった。しかし、皮肉なことに、国府という“正当な暴力装置”が失われたことで、武装した徒党が各地で跋扈し、略奪・強奪・殺人・強姦・人攫いが横行した。坂東の治安は瞬く間に崩れ落ち、民は再び闇に呑まれようとしていた。
星神の影響が薄れ、胸の奥に“自分の声”が戻り始めたとき、初めて将門は気づいた。
――武威だけでは民を守れない、と。星神の支配を受ける前の将門は、戦に勝つことこそが坂東を救う道だと信じていた。武力で坂東を平定すれば、自然と秩序が戻ると考えていた。
国を治める政を修める機会などなく、戦の後に国をどう治めるかという発想はほとんどなかった。だが、現実は星神が言ったとおりであった。武力で坂東全土を征服しただけでは、何も救えない。むしろ、星神の言葉どおり「王なき世界」が混乱を生んでいる。
星神の導きは、正しかったのかもしれぬ。いや――星神は将門を操ることで、欠けていた“王の資質”を補い、義に燃える武人を民を治める器へ鍛えようとしたのかもしれぬ。もはや、星神の導きなくして、王として坂東を統べることはできぬのかもしれぬ。運命の悪戯か、星神の支配が弱まり、将門が自分を取り戻した今になって、この坂東の荒廃は胸に突き刺さった。
自我を取り戻した今、坂東の荒廃は将門の胸を刃のように抉った。
――このままでは、民は再び闇に呑まれる。
将門は石井営所へ戻ると、失われつつある秩序を繋ぎ止めるため、王国再建の道へ踏み出した。
……しかし、その決意が生まれた時には、すでに多くが取り返しのつかぬ場所へ流れ去っていたのである。




