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北辰の冥影 ~将門炎舞記~  作者: 浮島太郎
祈りの戦場

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天羽々斬、布都御魂

 星神の神威と寛朝の法力の戦いは、まさに一進一退を極めた。

 初日の激突で、寛朝の法力の凄まじさを思い知った星神・天津甕星(将門)は、寛朝の命を絶ち、護摩壇を破壊すべく、物理と霊性の両面から、より残忍で苛烈な攻撃を仕掛けてきた。


 将門は、夜陰に乗じて暗殺者を送り込んだ。夜の帳が落ちた瞬間、寛朝の意識の奥で何かがひとつ、音を立てて割れた。その割れ目から、冷たい気配が流れ込む。

 次の瞬間、闇の中から「鉄身野伏(くろがねみののぶせり)」が現れた。

 鉄身野伏の身に着ける胴丸は黒い邪気を放ち、騎乗する馬の双眸は、妖しい光を爛々と放ち、冥府の魔物のように、瘴気を含んだ息を吐いた。

 天津甕星の霊力によって痛覚を除かれ、身体を造りかえられた刺客たちは、まるで星神の影をそのまま宿したかのように、音も立てず護摩壇へ忍び寄ってくる。

 護摩壇を守護する在地豪族や朝廷の衛士たちが迎撃するが、刃は通らず、矢で射抜いても立ち上がる鉄身野伏に圧倒されていく。

 護摩壇の近くまで侵入を許しかけたその時、寛朝は不動明王の「火生三味(かしょうざんまい)」の呪法を放った。その瞬間、護摩の炎が大火聚となり、一気に高く上がって結界の周囲を包み込んだ。

 邪悪な刺客たちは、不動明王の背後で燃え盛る「迦楼羅炎」、その業火によって焼かれ、その侵入は辛うじて阻止された。


 だがその炎の揺らぎの中で、言葉にならない恐怖が、ゆっくりと形を持ち始める。

 寛朝は、ぞっとするような悪寒を感じて天空を見上げた。

「これは、まだ、始まりにすぎぬ。」

 と、虚空の果てを見据えて身構えた。

 ――星神が、天を揺るがすと、世界は軋み、天空の秩序は乱れた。星神は、天候も、季節も、天体の運行そのものも支配する。寛朝たちは、抗う術もなく、その術中へ投げ込まれた。

 炎が収まった瞬間、視界の端が暗く沈んだ。寛朝は、そこに墨のように滲む黒い星の瞬きを観た。

「星の軌道さえも自在にねじ曲げるか。」

 寛朝は、あらためて星神の神威に震えた。


 星神は、暗黒の星――羅睺(らごう)を呼び寄せた。

 羅睺は黄幡(おうばん)星(せい)とも呼ばれ、世の終焉を象徴する大凶星。

 視界の端が冥くなり、意識が遠退いていく。自分の思考が、自分のものではない何かに触れられている感覚――羅睺の闇が液体のように人の意識の奥へと流れ込み、脳髄の深部を静かに侵食していく。人の心の最も弱い場所を正確に探り当て、そこへ静かに根を下ろしていく。

 羅睺は、破滅の相(そう)――末法の悪夢を送り込み、人の精神を蝕む。

 それは幻覚とも夢ともつかない恐怖であった。空は色を失い、大地はひび割れ、海は黒い泡を立てながら沈んでいく。まさしく世の終わりの相に脅かされる。

 弟子たちは精神を病み、狂わんばかりに叫ぶ。最早、逃げ場はない。


 極限の消耗状態の中にあって、それでも寛朝は真言を唱え続けた。だが、羅睺の闇が、心の奥に根を下ろしたまま、星神は、さらに次なる大凶星を呼び寄せた。


 不吉な箒(ほうき)星(ぼし)――計(けい)都(と)星(せい)。

 羅睺が残した心の亀裂に、計都星の瘴気が流れ込むようにして降り注いだ。瘴気による痛みは、まるで臓腑を直接、握りつぶされているように感じられる。空間は暗黒の闇に侵食され、寛朝の意識は、他者の呼吸と自分の呼吸の境界が曖昧になるほど揺らいでいた。

 結界は内側から崩れ始めていた。

 この彗星の尾から降り注ぐ瘴気は、人々の身体を毒素で蝕み、水源を穢し、水は血のように赤く濁った。寛朝は血を吐きながら、それでも印を結びなおし、香取と鹿島の二柱の主祭神の繋ぐ霊脈に意識を繋ぎ、猶も真言を唱え続けた。


 そして、星神の闇が、まさに結界を食い破ろうとしたその時――天から二条の光が、奇跡が、寛朝たちの頭上に降り注いだ。

 それは、武(たけ)甕(みか)槌(づちの)大神(おおかみ)と経津(ふつ)主(ぬしの)大神(おおかみ)の神威であった。

 光の中から顕現したのは、実体を持たぬ輝く二振りの剣。

 一振りは、羅睺を断つ剣──天羽々斬(あめのはばきり)。

 素戔嗚(すさのおの)尊(みこと)が八岐大蛇を退治した十拳剣。闇に蠢く穢れを断ち切る浄化の刃(やいば)。その剣気が寛朝の周囲に満ち、羅睺の精神汚染を一刀のもとに断ち切った。脳髄を侵していた暗黒の液体が、光に触れた途端、蒸気となって消えていく。寛朝は、この恩寵によって、自分の呼吸を取り戻した。


 続けて、さらに一条の光が、寛朝の手元へと流れ込んだ。

 瘴気を浄化する剣──布(ふ)都(つの)御魂(みたま)

 建(たけ)御雷神(みかづちのみこと)が葦原(あしはらの)中国(なかつくに)を平定した伝説の宝剣。その神気が、寛朝の持つ不動明王三鈷剣に宿り、融合する。三鈷剣は眩いばかりの白銀に輝き、刃からは神聖な紫電が爆ぜる。

 寛朝の肺を締め上げていた毒気が、一息ごとに剥がれ落ちていく。星神の瘴気は、光に触れた途端に煙霧となって消滅していった。


 そして、神剣の力に触れた星神は、その巨大な影を激しく明滅させた。星神の怒りの地鳴りが空間を震わせるが、その震えは、もはや寛朝の精神を侵すことはできない。

 天羽々斬と布都御魂の光が交差した瞬間、歪んだ時空の裂け目が、まるで紙を裂くように音もなく切り離され、闇が退き、光が寛朝の周囲に満ちる。星神が、将門へ送り込む呪力の供給は、その場で断ち切られた。


 武甕槌大神と経津主大神の神威によって顕現した二振りの光の剣は、星神・天津甕星の霊力を確かに、そして激しく損なった。

 星神の神通力には明らかに陰りが生じている。将門の意識を塗りつぶしていた星神の声も、今や、雲間の向こうで微かに震える程度にしか感じることができない。


 公津が原の霊戦は、香取・鹿島の主宰神が呼応して奇跡を起こし、寛朝らに勝利をもたらしたのである。



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