乱気、都を覆う
天慶二年(939年)十二月二十二日。
平安京の朱雀大路を、一騎の飛駅使(早馬)が砂塵を巻き上げて疾駆する。騎馬は、朱雀門を守護する衛士たちを突き飛ばす勢いで門内に滑り込み、そのまま地に崩れ落ちるようにして下馬した。
坂東に満ちた乱気は、冬の嵐のように、京の都にも吹き寄せていた。
息も絶え絶えの叫びが、門内に響き渡った。
「――下総の平小次郎将門殿、謀叛!」
使者は駅鈴と解状(国府の書簡)を衛士に差し出し、そのまま膝をついた。こうして、第一報は衝撃と共に検非違使庁へ届き、治世太平の微睡に沈んでいた公達を一気に現実へ引き戻した。
「平将門――常陸を皮切りに下野・上野の国庁を攻め落とし、受領を放逐せり。」
平将門は、かつて忠平卿に見出され、この内裏の滝口の侍として奉公した男である。その縁もあり、常陸国府襲撃の折には、将門自ら忠平へ弁明の書を送り、忠平もまた、その書簡を通じて戦況を読み、裏から事態を制していた。
だが、国豊が将門と袂を分かった頃と時を同じくして、その関係にも静かに破綻が生じていたのである。
十二月二十六日。
悪いことに、伊予掾として海賊鎮圧の任に就いていたはずの藤原北家一門の藤原純友が、逆に海賊団を率いて叛乱したとの報が、西国より舞い込む。恰も、示し合わせたかのような東西同時の叛乱など、前代未聞であった。
さらに日を経ずして、
「将門の謀叛――自ら“新皇”を僭称す。坂東一帯は悉く賊徒の手に落ち候。」
との続報が届くや、忠平はもちろん、公卿・大夫たちは一様に仰天した。
当初は、東国の親族間の小競り合いと侮っていた。だが、“新皇”の二文字がもたらした衝撃は、都の空気を一変させた。坂東の国府は悉く将門の手に落ちつつあり、東西から挟み撃ちされる危険をはらむ事態に陥ったことに都は騒然とし、恐怖に慄いた。
朝廷は急遽、左右近衛府の陣に上卿を召し、陣定(最高政務会議)を連日のように開き、東西二面の賊徒追討に向けて電撃的な措置を議した。
この時、忠平卿は太政大臣を賜り四年、齢も六十を超えていた。関白・摂政は主上の側にあって決裁者であるため陣定には出席せず、忠平は藤原北家を中心とした政権基盤の維持を念頭に置きつつ、この未曾有の事態に臨んだ。
陣定の主宰は左大臣・藤原仲平(忠平の兄)。温和敦厚と伝わるが、公事を疎かにすることもあり、忠平を嘆かせたこともある。だが、この夜ばかりは酒気を帯びた顔にも緊張が走っていた。
大納言・実頼(忠平の長男)、
権大納言・源高明(醍醐天皇第十皇子)、
中納言・師輔(忠平の次男)
中務卿・重明親王ら上卿が陣座に集い、調伏祈祷、追捕使・征東将軍の派遣について議した。
征東大将軍に任命されたのは、参議・藤原忠文である。副将軍として、刑部大輔・藤原忠舒、右京亮・藤原国幹、大監物・平清基、散位・源就国、武蔵介・源経基ら五名もの貴族・武官に勅命が下る。
朝廷は、征東大将軍・藤原忠文に、右衛門督、東海・東山両道追捕使の権を与え、齢六十八の高齢ながら、京武者の精鋭とその従者たち数千規模の騎馬武者を率いて、将門討伐の軍旅を催すよう指図した。
だが、征東大将軍・藤原忠文卿は、翌年一月十九日になって、ようやく京を出立することとなる。
一方、将門調伏の祈祷の責任者に任じられたのは、若き僧侶・寛朝。父は宇多天皇の皇子・敦実親王、母は藤原時平の娘という貴門の出であり、その身に流れる血筋は、まさに“王権の正統”そのものだった。
朱雀帝は寛朝に勅命を下し、京の主要寺社に一斉に将門調伏の祈祷を命じた。そして寛朝自身は、弘法大師空海が一刀三礼で彫り、嵯峨天皇の勅願によって開眼された霊像・不動明王像と天国宝剣を奉じ、不動明王御護摩の祈祷を行うため、敵陣に近い下総国・公津ヶ原へと下向した。
仲平は酒気を帯びたまま嘆息した。
「坂東の乱、かくまで大事となるとは……」
実頼は眉根を寄せ、
「あの“滝口の小次郎”が、まさか“皇”を称して背くとは……」
と静かに怒りを滲ませた。
その時――
中務卿・重明親王が、ふと顔を上げた。
「諸卿、聞かれよ。麻呂が預かる陰陽寮は、この乱、ただの賊徒騒ぎにはあらずと見ておる。――天津星々の気の乱れ、あまりにも甚だし、と。」
座にざわめきが走る。
重明親王は続けた。
「陰陽師・賀茂忠行の浄眼は、凡夫の眼に映らぬ兆しを捉える。忠行は以前より『東西より怖ろしき気配吹き来たり。古き神の魂魄、永き眠りより目覚めんとする兆しあり』と、麻呂に申しておったのじゃ。」
忠行をよく知る実頼が息を呑み、師輔が静かに問う。
「……畏れながら、それは人智の及ばぬ古き神々、あるいは呪を帯びた悪霊の復活を指すもの、と承ってよろしゅうございますか」
重明親王は、焚き火の影を見るような目で頷いた。
師輔が口を開く。
「であれば、陰陽寮へ直ちに勅を下し、賀茂忠行を召し出すべきにございましょう。兆しを知る者を、京に留め置く猶予はありませぬ」
重明親王は静かに言った。
「よかろう、忠行を呼べ。――されど忘れるな。星神は、すでに動き始めておる。これは将門ひとりの乱ではない。古き星が、人の世へ指をかけたのだ」
陰陽寮の一切の采配は、陣定の決定を受けた重明親王に委ねられた。賀茂忠行はその命により、浄眼の異能をもって寛朝の祈祷を支えることとなった。
「――星神は、すでに動き始めた。将門ひとりの乱ではない。星神が人の世へ手を伸ばしつつある。」
忠行は胸中でそう呟いた。忠行は、将門が星神の依り代となりつつあることを寛朝に告げ、星供に長けた巫女をひとり同行させたいと申し出た。
「星供の儀には“鍵”が要ります」
寛朝は静かに、これを許した。
その巫女こそ――滝姫。“星供の鍵”にして、将門の娘であることを秘した、星観の巫女である。
「――この娘を、星神の影に触れさせてはならぬ。」
滝姫は、かつて自らの“闇堕ち”を予見していた。滝夜叉へと変じる自らの未来を。
屈強な武士であった将門でさえ、星神の呪縛と支配から逃れる術を持たなかった。滝姫が星神と深く縁を結べば、その行く末は想像に難くない。
――星神は、血を求める。
――そして血縁を、より強く求める。
忠行はその理を知っていた。だからこそ、滝姫を守らねばならぬと、強く思った。忠行は、滝姫を寛朝の強力な結界の内に置き、星神の影から遠ざけるつもりであった。
天の理は、人の情理を顧みぬ。人の世の政もまた、その前では砂のように崩れやすく、露のように儚い。
――間に合うか。
忠行はただ、それだけを思った。その懸念を胸の底に沈め、忠行は静かに、そして秘密裏に、坂東下向の支度を整え始めた。
京の空は冬の曇天のまま重く沈み、人々は口々に囁いた。
「東も西も乱れ、我らは一体どうなるのだ……」
その不安は、将門の許から国豊が去った雪中の陣に吹いた冷たい風と、どこか同じ温度を帯びていた。




