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北辰の冥影 ~将門炎舞記~  作者: 浮島太郎
王道楽土

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帰らざる雪路

 諸国を掌握するさなか、将門は上野国府に堂々と入城していた。

 四方の門を固く閉ざし、兵を配した。その動きは単なる占拠ではなく、ここを拠点に秀郷一門を討つための布石であった。

「藤原秀郷を討つ。我が覇道が成らねば、民は再び苦しむ――今こそ正念場である」

 将門の言葉に、郎党たちは深く頷いた。

 坂東に、新たな秩序が生まれようとしている――その場にいた誰もが、時代の動く音を聞いた気がした。


 下野国、唐沢山。かつて藤原秀郷の牙城であり、悪行の根城となった砦には、今や寒風ばかりが吹き抜けていた。

 物見が戻り、身についた雪を払うと、将門の前に膝をついた。

「殿、唐沢山はもぬけの殻にございます。どうやら秀郷は北へ――奈河久慈の未開の地に逃れた平貞盛・藤原為憲ら残党との合流を図っている様子にございます」

 将門は静かに目を細めた。

 秀郷が逃げた――坂東の空気は変わっていた。国司を追放し、三国の国府を掌握したことで、民も土豪も潮目を悟ったのである。

 今こそ、秀郷・貞盛を討つ好機――今ならば追いつき、討ち取れる。

「このまま五千の兵を整えよ。奈河久慈へ向かう」

 その声は、冬の冷気を震わせた。


 やがて将門は下野国府へ移り、出立の日を迎えた。兵馬の白い息が立ちこめる中、黒騎馬の精鋭たちは、三人の弟に率いられ、出撃を待っていた。

 行軍が始まると、民が道に集まった。

 老いも若きも、女も子も、手を合わせて将門の軍を見送った。

 やがて、近隣の土豪たちも馬と供廻りを引き連れて合流した。

 ――将門は馬上から彼らを見渡し、静かに言った。

「坂東は、民の手で自ら治める。悪政に固執する秀郷と貞盛を討つ――皆の者、我に続け!」

 その瞬間、兵たちの胸に火がついた。

 冬空の下、五千の兵の意志はひとつとなり、北へ向かって動き出した。

 山から吹き下ろす冷風は鋭く肌を刺し、北へ向かうほど雪は深くなった。降り続く雪は辺りの音を奪い、五千の軍勢は、白い雪原を這う巨大な黒い地龍のようであった。

「逃げ切れると思うな……我が覇業を妨げる者の命脈は必ず断つ」

 将門は冷たい風を受けながら、前方を睨み、低く呟いた。

「朝廷と、いかに折り合いをつけるか――最後に残るのは、その難題である」

 その問いは、抜き身の刃のように将門の胸元へ迫っていた。

 秀郷と貞盛を討てば、将門の覇道の成就は近い。

 だが同時に、将門はもはや戻れぬ場所へ踏み込むことになる。

 星神の影が、将門の心の底でゆらりと揺れ、囁いた。

「進め……まさかど……戦の果てに贄を捧げ、さらにその先へ」

 冷気が肌を刺す。だが、その痛みがむしろ心を澄ませた。

「我は義に生きる……そう決めたときから、覚悟はできている」

 覇道とは、誰よりも高みに立ち、

 深い闇を覗き、多くの死と血とを背負う道――

 それでも、進むほかはなかった。胸の奥で、何かが静かに燃えた。

 前方に広がる雪原は、まるで白地の巻物のようであった。

 その上に、将門は自らの覇道を書き記していく。

「秀郷、貞盛――汝ら賊を討ち、民の行く末を定める。迷ういわれはない」


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