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北辰の冥影 ~将門炎舞記~  作者: 浮島太郎
王道楽土

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王道の黎明

 かつて将門の本拠であった豊田は、一夜にして炎に呑まれた。父・良将が築いた営所も、常羽御厩(いくはのみまや)も焼かれ、将門の勢力を支えていた軍事と流通の要は灰塵に帰した。

 ――失われたものは大きかった。

 だが、それから二年。

 将門は、新たな政務と流通の中心となる営所を石井(いわい)に築いた。騎馬数千を収容できる広大な敷地を備え、南には強力な騎馬隊を支える長洲牧(ながすのまき)が広がっていた。三方を沼沢に囲まれ、利根川を渡る浅瀬を押さえる要衝でもあった。

 常陸国府を陥落させた将門軍は、この石井営所へ凱旋した。

 沿道には数万の群衆が集まり、戦勝を歓声で迎えた。


 主殿の大広間では、一族郎党が集い、戦勝を祝う宴が華やかに催された。だが、酒の香りに満ちた座敷の片隅には、沈鬱な影を落とす重臣たちの姿も少なくない。国衙を焼き、官人を討ち、国璽を奪い、受領を捕虜とした事実は、朝廷から見れば紛れもない叛逆である。

 宴が進み、酒に火照った頬を冬の冷気が撫でるころ、将門の側近となっていた興世王(おきよおう)が静かに口を開いた。

「国府を焼き、印鑰まで奪った以上、罪は免れません。常陸一国を奪っても、二国・三国を奪っても、罪の重さは同じ。ならば堂々と、坂東を統べる覇王となり、朝廷の出方を窺うほかありません」

 思いも寄らぬ提案に、座敷の喧騒は鎮まり、一同は顔を見合わせた。

 一同の視線が将門へ注がれた。静まり返った宴の座で、その重瞳に再び黒い焔が立ちのぼった。

「無位無官の我が、『坂東を統べる覇王』とは面白い」

 将門はゆっくりと立ち上がった。

「常陸介の強欲が、民の怨みと怒りを生んだ。その怨火は力を得て、報復の刃となった――官人どもは、さぞ肝を冷やしたであろう」

 将門は、余燼漂う東の方角へ目を向けた。

「我は病を得て湿原を彷徨い、まつろわぬ民に救われた。その民を守るため、再び立ち上がった。此度、民の復讐は成就し、積年の怨みは晴れた――我が民に、再び血の涙を流させはせぬ」

 その眼差しは、ひとりひとりの胸奥に火を灯すようであった。

「だが、これで坂東のすべての民が救われたわけではない。……怨みと怒りに苦しむ民草は、なお多い。常陸一国にとどまるわけにはゆかぬ――我らがなすべきことは明らかであろう」

 その表情には、重い現実を見据える影があった。

 将門は振り返り、一族郎党を見渡した。

「聞け、我が一族郎党よ。我は坂東を統べる王となる。苦しみの中にある民に力を与えん。この坂東の地に、王道楽土を打ち立てんと志す者は、我に付き従え」

 ――王道楽土。甘美な理想である。

 だが、それは同時に、朝廷の外に新たな秩序を立てんとする宣言でもあった。


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